京都アマチュア野球だより

試合結果、選手成績などを写真付きで紹介しています (SINCE 7.06) 著:若林千尋

龍谷大平安が初戦敗退  ミラクル新湊に完敗

■太田11奪三振、高橋3安打も  京都勢4年連続初戦敗退

2011年8月10日(水)

@甲子園球場

▽2回戦

13:45~

新 湊(富山)

000 001 021=4   H11 E1

000 001 000=1   H 6 E0

龍谷大平安(京都) 

(新)袴谷―沢田
(平)太田、田村、坂口―戸嶋

▽本塁打:高橋1号(平)<6回裏>
▽三塁打:加藤(新)<3回表>

 

そうか、8月9日は「野球の日」か

京都新聞社  朝日新聞社  日刊スポーツ  毎日新聞社  読売新聞社  サンスポ  デイリースポーツ  スポーツナビ  Yahoo! スポーツ  Number ABC朝日放送  熱闘甲子園  NHK  高野連  阪神甲子園球場  阪神電気鉄道

龍谷大平安の初戦は、新湊(富山代表)

2011年8月10日(水)

@甲子園球場

大会5日目第3試合

13:00~

▽2回戦

龍谷大平安(京都) - 新湊(富山) 

 

美男(イケメン)ですね   龍谷大平安・太田翼投手 #9

~翼を広げて~ 龍谷大平安・太田翼投手 #9

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2年前の京都大会決勝後に撮らせてもらった写真。この子が…彼だったとは…。

羽束師ラビットが全京都優勝  7年ぶり3度目

2011年8月7日(日)

@岡崎公園野球場

第43回中信杯全京都学童軟式野球

▽決勝

オール宇治田原BB

000 000 0=0

010 000 ×=1

羽束師ラビット

(オ)中嶋―梅崎
(羽)石田伸―北川

▽三塁打:宮崎(羽)
▽二塁打:守山(羽)

※石田伸投手はノーヒットノーランを達成


2011年8月6日(土)

@岡崎公園野球場

第43回中信杯全京都学童軟式野球

▽準決勝

西城陽MVク

000 000 0=0

000 030 ×=3

羽束師ラビット


オール宇治田原BB

410 100 5=11

300 210 1= 7   (特別延長7回)

桂ファイブス 

西城陽MVクラブ、全京都ベスト4へ!!


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長岡京東クラブ(乙)2011年8月5日(金)

@岡崎公園野球場

12:45~

第43回 中信杯全京都学童軟式野球選手権大会

▽準々決勝

西城陽MVクラブ(城)

000 000 1=1

000 000 0=0

加茂フレンズ(城)

 
長岡京東ク(乙)

101 000 0=2

000 100 2=3

桂ファイブス(西) 
 
オール宇治田原BB(城)

002 000 0=2

000 001 0=1

物集女ボンバーズ少年野球ク(乙)


吉祥院ユニオンズ(南)

000 020 1=3

040 000 ×=4

羽束師ラビット(伏)

軟式の天理、全国大会出場おめでとう!!

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近畿大会を制し、全国大会出場を喜ぶ天理高校軟式野球部の選手たち


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延長10回二死二塁
3番宮下が右中間へ決勝タイムリー三塁打を放つ

軟式の天理が全国大会へ!!

■龍谷大平安、天理に惜敗  延長10回、同点機逃す

2011年8月3日(水)

@太陽が丘

▽近畿大会決勝

10:00~

天 理(奈良)

210 100 000 1  H5 E2

100 100 000 1=3

000 010 010 0=2  (延長10回)


000 111 020 1  H6 E1

龍谷大平安(京都)


(天)山岡、松長―矢野
(平)関東―上田

▽三塁打:宮下(天)
▽二塁打:関東(平)



2011年8月2日(火)

@太陽が丘

▽近畿大会準決勝


10:00~

天 理(奈良)

000 100 211=5

000 100 000=1


比叡山(滋賀)
 
(天)明石、松長―矢野
(比)木全―稲内

▽三塁打:矢野、立川(天) 
▽二塁打:実延(天)吉村、春田(比)


12:30~

南 部(和歌山)

000 020 000=2

000 111 00×=3

龍谷大平安(京都)

(南)水崎、安井―平見
(平)関東―上田

▽三塁打:三木(南)
▽二塁打:中瀬(南) 

東山軟式野球部・村上主将のお話

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◆村上主将のお話

(残念な結果となった。)

―上の先輩たちがやってきたようにできなかった。
 先代の福岡さん(昨年主将)、牧さん(一昨年主将)には全然及ばない。
 自分としては技術はダメだけど、キャプテンとして監督が信頼してくれたので助かった。
 ただ全国に行けなかったのが、悔いが残ってしかたない。 

(中学では他の競技をされていたと聞いた。)

―高校でも最初は違うスポーツをしようと思っていた。
 でも、全国レベルで1からもう一回何か試してみたくて、
 やってみたというのが正直なところ。
 一昨年、「初心者でも関係ない」「いい監督がいるから」と聞いて、
 未経験で不安だったが、「ついてきたらうまくなる」と監督に言われた、
 その言葉で入部を決めた。

(新チームにひと言)

―若いチームになるので、今のチームの3、4番も、エースも2年なので、
 来年は期待しているし、託したい。
 今年は、3年が中心にならなかったのが敗因かなと思う。

東山軟式野球部関係者のお話

◆西川監督のお話

(残念な結果だった。)

―力のないチームで、いっぱいいっぱいで…、下手くそだったけど、まとまりだけはあった。
 主将は高校から野球を始めた子で、中学のときは他の部だった。よく頑張った。
 チームを一年かけて勝たしてあげたかったけど、そこまでできなかった。

(4点取られたあの回だけだった。)

―粘ってやれるかだけだった。 僕の力不足だ。悪い部分が出てしまった。
 
このチームはどういうチームだったか?


―一生懸命で…、能力が低いところもあったけれど、その分かわいい気もする。
 (負けたのは)僕の力不足だ。

(近畿大会に進出する龍谷大平安にひと言)

―全国に行って頑張ってほしい。いい投手だし、近畿で戦える。 


◆森本さん(一昨年夏全国ベスト4、秋国体優勝投手)のお話

(2年下の3年生にひと言)

― 知っている代が最後で、一緒に国体に行った思い出もある。
 自分らが3年のときに後輩としてよくしてくれたし、しんどいこともしてくれた。
 野球がやりやすい環境を作ってくれて、本当に感謝している。 

(大学で野球はしているか。)

―草野球をたまにすることはあるが、全国大会や国体で右腕を痛めたので
 投げることに関して不安がある。


◆五月女さん(昨年投手)のお話

(昨日も来ていたか。)

―今日だけだが、応援に来た。昨年今の
主将とバッテリーを組んでいた。

(今のチームにひと言)

―よく頑張ってくれたと思う。


 

龍谷大平安高軟式野球部・橋本謙監督のお話

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(優勝、おめでとうございます。)

―ありがとうございます。

(軟式野球はどうですか?)

―軟式は日が当たらないので…。野球が好きなみんなと力を合わせて頑張っています。 

(硬式野球部が先に優勝を決めました。) 

―向こうが先に決まってプレッシャーがありました。うちも勝たないといけないと…。
 選手もそういう気持ちがあったと思います。初戦、2回戦(準決勝)と硬かったですが、
 今日はのびのびとできました。

(5回に一気に4点が入りました。)

―ノーアウト満塁で、投ゴロの間に三塁ランナーが挟まれてアウトになったので、
 今度は叩いて(ゴロを打って)二死になっても二、三塁にしてから2点取りたい
 という想いでした。それがショートゴロがはねて1点取れました。
 あの流れで取れなかったら、東山に流れが行ってたかもわかりません。
 その後もみんなでつないでくれて、3番、4番に長打が出たのは大きかったです。

(4番の奥村君の打球は、軟式では珍しいあわやホームランの当たりでした。
<推定85メートル>)

― その前に2番小倉のショートゴロがはねて、まず1点取れました。
 その後、二死一、三塁で一塁を走らせて、二、三塁にしようと思ったところで、
 3番土井の打球が右中間に抜けたので2点入りました。
 3点入った後で、4番奥村が気楽に打てたのだと思います。
 そういう流れにのっかれました。

(いよいよ近畿大会です。)

―近畿では一つのミスが命取りになります。
 ミスを少なくして、少ないチャンスを生かしたいです。 

(もうすぐ硬式野球部の球場ができますね。今後は亀岡で練習することになるのですか?)

 ―醍醐にできます。そうですね、使えることになりそうですが、まだ未定です。

3番土井主将、右中間2点タイムリー2塁打

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◆土井主将のお話

(優勝、おめでとうございます!!)

―ありがとうございます。序盤は苦しい展開でしたが、
 集中して4点取れたのが大きかったです。
 みんなで得点できましたし、4番の奥村も打ってくれてよかったです。
 後ろにつなぐ意識でいったら、気がついたら4点取れていたという感じです。

(近畿大会についてひと言)

― 絶対に勝って、東山の分も、全国大会に行けるようにしたいです。

エース関東、東山打線を2安打零封

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◆関東投手のお話

(見事な完封勝ちに)

―結果的に勝っただけで、自分ではいいピッチングではなかった。バックに助けられた。

(硬式野球部が先に優勝を決め、プレッシャーはあったか?)

―それはなかった。硬式に声を掛けられた。

(近畿大会に向けひと言)

―簡単には勝てない。選手全員で勝ちにいきたい。 

4番奥村、左越えタイムリー2塁打

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◆4番奥村一塁手のお話

(もう少しでレフトスタンドに入りそうな当たりに)

―練習試合でも、コツコツつなぐ気持ちで打席に入っているが、長打になってよかった。
 カーブで追い込まれて、またカーブが来た。しっかりためて打つことができた。

(近畿大会に向けて意気込みをひと言)

―京都大会でも後ろにつなぐ意識を持ってやってきた。全員野球でいきたい。


軟式も龍谷大平安が優勝!!!!

■龍谷大平安、5年ぶり34度目の優勝!!!!

※近畿大会は8月2日、3日の両日、太陽が丘球場で行われる(滋賀、奈良、和歌山参加)。

2011年7月27日(水)

@太陽が丘

▽決勝

10:00~

東 山

001 000 001     H 2 E3
000 000 000=0 
000 040 00×=4 

011 051 02      H10 E1 

龍谷大平安 

(東)稲垣‐村上
(平)関東‐上田

▽二塁打:土井、奥村2(平) 



2011年7月26日(火)

@太陽が丘

▽準決勝

立命館

001 000 000=1
000 010 01×=2

東 山


龍谷大平安

000 160 1=8
000 000 1=1  (7回コールド)

桃 山


2011年7月25日(月)

@太陽が丘

▽1回戦

京都共栄

000 220 001= 5
000 423 10×=10

桃 山


龍谷大平安

001 406=11
000 000= 0  (6回コールド)

京都学園 


7月24日(日)

@太陽が丘

▽1回戦

京都翔英

000 00= 0
293 11×=25  (5回コールド)

京都学園

 

※京都翔英、京都共栄は今年から連盟に加盟し、大会に初参加 

京都代表・龍谷大平安へ

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龍谷大平安・高橋、センター前2点タイムリー

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京都大会、龍谷大平安が優勝!!!!

7月25日(月)

▽決勝

@わかさスタジアム京都

13:00 立命館宇治 3-9 龍谷大平安 2年ぶり31度目の優勝!!!!

京都大会、決勝進出!!!

7月24日(

▽準決勝

@わかさスタジアム京都

10:00 京都両洋 5-9 立命館宇治 ⇒3年ぶりの決勝進出!!!

12:30 龍谷大平安 6-3 福知山成美 ⇒2年ぶりの決勝進出!!!

リンク集

京都新聞
asahi.com
わかさスタジアム
京都府高野連
高校野球情報.com

京都大会準決勝の組み合わせ

7月24日(

▽準決勝

@わかさスタジアム京都

10:00 京都両洋 - 立命館宇治

12:30 龍谷大平安 - 福知山成美 

京都大会、ベスト4!!

2011年7月22日(金)

@わかさスタジアム京都

▽準々決勝

 8:30 京都両洋 5-2 鳥 羽 ⇒初のベスト4進出!

11:00 福知山 1-8 立命館宇治(7回コールド) ⇒3年ぶりのベスト4進出!

13:30 山 城 4-7 龍谷大平安 ⇒5年連続ベスト4進出!

16:00 福知山成美 4-3 西城陽 ⇒2年ぶりのベスト4進出!

球場アナウンス

甲子園勤務経て念願の試合アナ 神奈川大会

2011年・KBS京都テレビ中継

7月22日(金)

▽準々決勝 

第1試合~第4試合 8:25~18:30

7月24日() 

▽準決勝 

第2試合 12:45~16:00

第1試合 21:00~24:00 (※録画)


7月25日(月)

▽決勝

12:45~16:00(ラジオも) 

京都大会ベスト8!

2011年7月22日(金)

@わかさスタジアム京都

▽準々決勝

 8:30 京都両洋 - 鳥 羽

11:00 福知山 - 立命館宇治

13:30 山 城 - 龍谷大平安

16:00 福知山成美 - 西城陽



2011年7月23日(土)

@わかさスタジアム京都

休息日


2011年7月24日(
 

@わかさスタジアム京都

▽準決勝


{京都両洋 - 鳥 羽}の勝者 - {福知山 - 立命館宇治}の勝者

{山 城 - 龍谷大平安}の勝者 -{福知山成美 - 西城陽}の勝者




2011年7月25日(月)

@わかさスタジアム京都

▽決勝

京都大会4回戦、終了

2011年7月17日(日)

@わかさスタジアム京都

▽4回戦

京都外大西 5-10 京都両洋 ⇒15年ぶりの8強進出!

京都すばる 8-11 鳥 羽 ⇒2年ぶりの8強進出!

洛 水 1-4 福知山 ⇒7年ぶりの8強進出!


2011年7月18日(月・祝)

@わかさスタジアム京都

▽4回戦

立命館宇治 12-9 久御山(延長10回) ⇒3年ぶりの8強進出!

伏見工業 4-5 山 城(延長10回) ⇒9年ぶりの8強進出!

龍谷大平安 7-2 東 山(6回降雨ノーゲーム・再試合)


2011年7月19日(火)

全試合雨天中止

@わかさスタジアム京都

▽4回戦

10:00 福知山成美 - 同志社国際

12:30 西城陽 - 洛 北

15:00 龍谷大平安 - 東 山


2011年7月20日(水)

全試合雨天中止

@わかさスタジアム京都

▽4回戦

10:00 龍谷大平安 - 東 山

12:30 福知山成美 - 同志社国際

15:00 西城陽 - 洛 北



2011年7月21日(木)

@わかさスタジアム京都

▽4回戦

龍谷大平安 8-1 東 山(7回コールド) ⇒4年連続8強進出!

福知山成美 14-0 同志社国際(5回コールド) ⇒2年ぶりの8強進出!

西城陽 7-0 洛 北(7回コールド) ⇒2年連続8強進出!


昨年の決勝より(京都翔英高グラウンド)

BlogPaint


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一昨年の決勝より(京都教育大附属高マネージャー)

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写真集(11春▼準々決勝:龍谷大平安5-7福知山成美)

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写真集(11春▼準々決勝:大谷4-8塔南)


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試合後の談話(11春▼準々決勝:大谷4-8塔南)

大谷高校・石丸部長のお話

(2年生の)青木はコントロールが良く、ゲームが作れる。四球も少なくなってきた。
(チームは)打力はあるが、守備力がない。肩がない。ボールを投げるスキルがないので、全体で練習している。
チーム力が上がれば、明るいものが見えてくる。投手を中心にした、「守り」を意識したい。
(今は)9回まで集中力が続かない。後半に力が出せるようにしたい。
ただ魅力のあるチームなので、夏までに仕上げていきたい。


大谷高校・萩野監督のお話

(春ベスト8について)秋のスタートでは弱かったが、ひと冬越えてやってきたことが結果として表れた。
それがベスト8に入れた、ということだろう。
(例年と比べて冬の練習で変えたことは)いつもと違って、守備練習を多くしてきたが、
今日はその守備が足を引っ張った。ノックばかりしてきたのに、うまくいかなかった。
(他に変えたことは)春から一年生を起用することに決めて、ずっと使っていることが今までと違う。
背番号8番の池田、12番の松井がいい。


大谷高校・青木投手のお話

(塔南打線について)下手にストライクを取りに行ったら、多少ボールでも振ってくる。
打ち損じも多かった。勝てないわけではない。


大谷高校・池田中堅手のお話

(1年生ながら5番について)責任があり、やりがいがある。失うものもないので一所懸命やるだけです。



塔南高校・奥本監督のお話

今回はあまり収穫の多い試合ではなかったが、また頑張りたい。(と、謙虚に答えられました。)


(2011年5月7日<土>)

『唯我独尊』(選手インタビュー)

『唯我独尊』(選手インタビュー)

NEW キラキラ兵庫スイングスマイリーズ・小西美カドキドキ大投手<日本女子プロ野球>

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…昨年8月に愛媛・松山で行われた第3回大会ではチームに貢献し初優勝した。同年11月にわかさスタジアム京都で行われた、日本女子プロ野球機構(GPBL)トライアウトを受験し合格(129人中30人)。12月に京都アストドリームス、兵庫スイングスマイリーズの両チームから、投手の部でドラフト1位の重複指名を受け、自らの抽選の結果、兵庫に入団することが決まった。…





※『唯我独尊』とは…、「自分一人が特別にすぐれているとうぬぼれること。ひとりよがり」という意味ではなく、「この世の一人ひとりが主人公。」といった意味で捉えています。

☆お忙しい中、取材や撮影に応じて下さり、ありがとうございました。

運が良かったのか

 立命館宇治・卯瀧監督について申し上げたい。北嵯峨、鳥羽を率いて計8度の甲子園出場。近年では京都すばるの総監督という立場で生徒たちを指導された。京都すばるでは教頭先生であったため、直接的な指導は限られていただろうが、中村憲投手(広島)を見出した。立命館宇治に赴任された1年目の夏に、京都すばるとの直接対決が実現。結果はすばるが勝利した。すばるは稲川監督の指導の下、準決勝で平安に完勝。府大会決勝に駒を進めた。立命館宇治での2年目の夏は京都大会準優勝。要するに卯瀧監督が動けば選手が集まり、選手が集まればチームが強くなるのである。そんな簡単に、と思う人もあるだろう。不思議な感じもするが、そういうことなのである。でも、強くなる秘訣は基本練習、と多くを望まないことだという気がする。

 先日、立宇治で聞いた話は、派手さのない、実にクリーンなものだった。投手の川部がきちっと投げられるようになってくれたら、それを捕手の小嵜がリードする。左腕の川部は基本的にストレートとカーブだけで、「秋からスライダーのコントロールが良くなった」ものの、「それ以上の球種は必要ないでしょう」とのことである。川部はスクリューの練習もしているらしいが、「スクリューは果たして必要かな?投げる必要がないのでは」とあくまでストレートの精度とカーブ、スライダーとの組み合わせということなのだろう。「3種さえあればいい」とのこと。本音なのかどうかは読者の想像にお任せする。

 しかし、やはりそれ以上の多くを求めて、高校生が全てを使いこなせるとは信じがたい。報道的には「決め球はスクリュー」と書きたい。が、本番のピンチで真ん中に入ってしまったら、と思うとゾッとする。絶対的なコントロールを身につけた球種を投げ込むのが一番だ。聞くところによると、やはり四球が連発する癖もあるようだし、いい時と悪い時の波もあるようだ。完成度を磨いていけば、自ずと結果に現れる。そう卯瀧監督は言いたいのだと察する。

 「体力もついてきて、秋よりもましになったが、春先になって投げさせてみないとわからない」というのは、期待の裏返しなどというものではなく、今までに見てきた投手は、多かれ少なかれそういうものだったということなのだろう。努力いかんによるものでもない。投手の素質の問題でもない。育てた投手の何人もが、プロへと巣立っていったその経験で言っておられるのだろう。投手の基本とは何かは、決して派手なものではないということだろう。また、高校卒業後の大学で通用することを念頭に置いておられるようだ。北嵯峨時代の山田投手(立命館大)や鳥羽時代の平野投手(京都産業大)は大学でより花開いた。急がば回れの結果でもある。高校生には基本を覚えさせることが、結果的には野球を長くプレーするために必要だ。

 今の2年生は「中学3年の段階で見た子たちになる」ということだ。何かを聞き出そうと、年下の女性記者がすかさず「運良く出られたということですか?」と言っているのを聞いて、ノートに走らせているペンが止まった。卯瀧監督は「運良く…」と言って一瞬考えてから、「運良く出られたと思います」と返した。体が前によじれていた。ちょっと苦笑いしてしまった。

 「鳥羽の選抜ベスト4が今までの最高ですね?」。「それを超えたい」と言ってほしい。みんながそう思っている状況だが、自分では特にそういう意識はないのだという。「当時、保護者の人に『甲子園に出られて嬉しいと思っていたが、やっぱり負けて悔しい』と言われました」というエピソードを聞かせてくださった。「今までのベストゲームや印象深い試合は何か?」と聞かれると、「この試合というのはないですね」。勝ったとしてもない、覚えてはいるが、印象的というのはない。勝っても反省点が先立つと、高校野球のあらゆる面での難しさについて、多くを望まないということなのだろう。それがすなわちチームの強さになっていく。3月末から4月の球運がどう転がっていくか大いに期待したい。が、選抜は夏に結果が出るための予行練習と捉えていた方がこちらもわかりやすい。 

すっとんきょうな質問

 立命館宇治が6年ぶりのセンバツ出場を決めた。卯瀧監督になってはじめての甲子園である。マスコミ関係の人たちもたくさん集まっていたので、少し舞い上がっていたかもしれない。

 センバツ決定の知らせが届く日に現場に居合わせたことが幸せ。今目の前で行われている状況が、夕方のテレビニュースや明日の新聞朝刊で報じられるのかとカメラを向けつつも、周りを見渡したりしていた。

 午後3時40分を過ぎて校長先生が現れ、選手たちに「今電話があった」ことを伝える。にやけているものはいない。真剣な眼差しが崩れることはなかった。しかし、輪が解けると、主将を中心に喜びが大爆発。帽子が高々と舞い上がったり、みんなが一斉に走ってジャンプしたりして、2ヶ月後の甲子園のことを少し思ったりした。

 秋季大会は残念ながら、全く観戦がなかったので、立宇治の強さについてよくわからないから、質問も特に思いつかなかった。監督の話を横で聞きながら、どういうチームなのかと想像してみたが、投手や守り中心のチームであることぐらいしかわからなかった。公立校の指導が長かった監督はあまり多くのことを語ることはない。マスコミの方はなんとか興味深い内容のことを話してくれないかと次々と質問を繰り出す。

 空は真っ青で、1月にしては温かい日だった。西日が降り注ぎ、選手たちよりも自分にスポットが当たっているようにも感じたのだろうか。ふいに不特定多数の選手たちにこう質問していた。「小学校ぐらいの時に甲子園で見た憧れの選手は?」。「ちょっといいですか?」と引きつけておいて質問した割に、思いもよらない質問に選手たちが戸惑っているのがわかる。キョロキョロと見回す選手たち。誰も答えてくれない。質問の意味がわからないのだろうかと、もう一度「小学校のときに野球を始めたと思うけど、その頃テレビで甲子園を観たときに、プレーしていた選手で憧れていたのは?」。近づいてきた選手も少し後ろに下がった。誰も何も言わない。照れているのか恥ずかしいのかよくわからないが、そんなに難しい質問じゃない。

 だが、コソコソと隣と話す選手が目に入って、事態がわかった。変な質問をしているのである。彼らが悪いわけではなく、自分が悪かった。そんなことを普段考えているわけではないことを唐突に聞いた自分が恥ずかしかった。だが、たくさんの高校生に見つめられて、逃げるわけにいかない。どうしようと思って出てきた質問が、「6年前の出場のときはテレビで観ましたか?」。けれども、これも具合が悪かった。立宇治は開会式後の試合で愛工大名電に初戦敗退した。だから、甲子園で活躍したわけではなかった。

 何の返答もないので、かなり不安になった。何秒そのまま立ち尽くしていたのかわからないが、なんとか「中田投手を観た?」と言うと、ようやく誰かが「中田さんとは中学が同じで」か「中学のチームが同じで」かと返事してくれた。「ああ、そう…」とこちらも変な感じで、話がつながらない。何か急に自分が場違いな感じもしてきておどおどしていると、向こうで笑いを堪えているような。

 それでも「憧れの選手はいなかった?」としつこく話題を貫いてみると、ようやく一人が「辻内投手とか」と名前を挙げてくれた。「おおっ、大阪桐蔭の…、へえ~…」と返すのが精一杯で、それ以上の間が持たない。「ああ、ありがとう、それじゃあ」と言ってその場を動いた。変人に映ったに違いない。

 完全に馬鹿だった。立宇治はまだ野球名門校ではない。甲子園で活躍した実績がない。だから、彼らの頭には勉強とクラブの両立があったりするだけで、甲子園を目指しているとはいえ、甲子園で活躍している自分たちのイメージが少し足りないとも思う。それに小学生のときから、野球のことばかり考えていたというわけではないだろうに。彼らがどういう時代に育っているのかが、いまいち自分でもよくわからないのだが、塾や他の習い事が忙しくて、テレビで甲子園をあまり観たことがないという子もいるのだろうか。テレビゲームやパソコンも普通のことなのだろうか。もしくはプレーすることはあっても、ウォッチングすることがあまりなかったのかもしれない。あるいは、単に高校生に質問するには少し程度が低すぎたのかもしれない。

 立命館宇治の校舎の美しさにも舞い上がったのだろうか。聞いた話では、野球がいくらうまくても、学力も当然のようにないと試験をパスできないらしい。近所のおばさんも「立宇治に入るほどの頭が息子にはない」と言っていた。その通りにパンフレットは大変立派なもので、この高校で学べる教育の様々が描かれている。何かしらの将来を約束されているようにも感じられる、そのカリキュラムの豊富さを全て目を通すことができない。

 センバツ出場に喜ぶ選手たちに、憧れの、と聞いたのが悪かったのか。好きだった、と聞けば、すんなり受け入れられたかもしれない。「甲子園は憧れじゃなくて、目標ですから」と今の高校生は特別に舞い上がることもないのかもしれない。卯瀧監督と一緒に甲子園。僕には彼らが羨ましくて仕方がない。

<速報>立命館宇治が6年ぶりのセンバツへ

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6年ぶり2度目のセンバツ出場が決まり、選手たちに胴上げされる立命館宇治・卯瀧監督


 第82回選抜高校野球大会の選考が行われ、出場32校が決まった。

 京都は、立命館宇治が6年ぶり2回目の出場を決めた。昨秋の京都府大会を制した立宇治は、続く近畿大会でも4強に進出。近畿枠は6校で、同大会8強の福知山成美は補欠校となった。

 2007年春に就任した立命館宇治・卯瀧監督は、課題に守備強化を挙げて、「全国大会の桧舞台。生徒たちには、グラウンドでやっている野球と同じと思って甲子園では戦おうと言っている」と、特別な練習法や戦術面での変更はないと言い切る。

 監督自身は北嵯峨、鳥羽を含め、今回で9度目の甲子園出場となる。「3校目だが、新たな気持ちで生徒たちとともにやっていく」「今は体力トレーニングや内外野の守り中心の基本練習だが、2月中旬から実践練習に取り組んでいく」と話した。
 

 他の近畿勢は次の通り。大阪桐蔭(大阪)、神戸国際大付(兵庫)、神港学園(兵庫)、天理(奈良)、智弁和歌山(和歌山)、向陽(和歌山)<21世紀枠>、他の補欠校は育英(兵庫)。

 組み合わせ抽選会は3月13日。選抜大会は同21日に阪神甲子園球場で開幕する。



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センバツ出場が決まり、空に帽子を放り投げて大喜びする立命館宇治の選手たち


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午後4時前、校長先生よりセンバツ出場決定を知らされる立命館宇治の選手たち

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.1

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.1

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兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手

1983年4月18日生まれ(26歳) 166cm ?kg 右投げ右打ち 背番号未定

50メートル6.8秒 遠投80メートル

北嵯峨高―龍谷大短大 京都市出身 大阪府在住



資格:応急処置対応認定、普通救命講習終了、初級スポーツ指導員、レクリエーションインストラクター

・大学ソフトボール日本選手権(インカレ)3位
・第2回女子野球ワールドカップ準優勝
・第3回女子野球ワールドカップ優勝 


女子硬式野球クラブチーム・大阪BLESS主将。IBAF(国際野球連盟)女子ワールドカップに2度出場。昨年8月に愛媛・松山で行われた第3回大会ではチームに貢献し初優勝した。同年11月にわかさスタジアム京都で行われた、日本女子プロ野球機構(GPBL)トライアウトを受験し合格(129人中30人)。12月に京都アストドリームス、兵庫スイングスマイリーズの両チームから、投手の部でドラフト1位の重複指名を受け、自らの抽選の結果、兵庫に入団することが決まった。現在はリーフラス株式会社に勤務し、ベースボールスクール・ポルテで子供たちに野球指導をしているが、2010年2月から女子プロ野球選手としての第一歩を踏み出す。硬式5年、軟式4年、ソフト5年の球歴を持つ。


※インタビューは1月14日に行いました。


―この度は、女子プロ野球ができるということでおめでとうございます。2010年4月から10月まで、わかさスタジアム京都などで試合が開催されます。京都出身者は小西さんただ一人ということで取材させていただきます。

ありがとうございます。京都出身が私だけなのは知りませんでした。


―硬式球が当たると痛いです。ケガをしませんか?

実は、この前ピッチャー返しを足に受けてしまって、初めてマウンドで倒れてしまいました。でも、内緒です(笑)。今のチームの子だけ知っています。


―大丈夫ですか?

色だけ残っていますが、痛みはもうありません。


―気をつけてくださいね。女子硬式野球は、競技人口が約600人ということです。京都ではどこにチームがあるのかもわからないのですが、大阪に女子硬式野球クラブチーム・大阪Blessを設立された経緯を教えてください。
 
私が設立したように言われますが、実際は違います。元キャプテンでもあるのですが、(今は上司の)上田玲さんが監督となり、私と大学生の3人でつくりました。でも、私は一緒に手伝ったという感じです。最初は借りられるグラウンドもなくて、奈良の五條市まで行ってマネージャーや3人で練習していました。それが何回か続いたのですが、やはりメンバーがもっと集まらないと練習できないので、ソフトをやっている友達や、上田監督の出身校である大阪国際大ソフト部の人たちを誘ってやっていました。硬式を使うのも、元々野球をやっていた人たちなので大丈夫でした。


―チームは何年目ですか?年間に何試合くらいしますか?

今で6年目です。練習試合を含めると約20試合です。公式戦の大会は全国、西日本、クラブ選手権の3つがあります。それから中学生のボーイズリーグの小さなリーグ戦に参加します。


―大会で優勝したことはありますか?それから、女子硬式のチーム数はどれくらいですか?

全国大会ではまだないです。でも、西日本とクラブ選手権で計2回優勝しました。高校は6校(埼玉栄、花咲徳栄、駒沢学園女子、蒲田女子、神村学園、福知山成美)、大学は4校(尚美学園大、平成国際大、中京女子大、南九州短大)、クラブは約30チームくらいあります。

※中京女子大は、日本女子野球協会には未加入。2006年春より愛知大学野球連盟、愛知大学野球リーグ5部に所属。2007年から一部学部で男女共学となったことから、2009年秋からは男女混合チームとなり、2010年春に4部に昇格することが決まった模様。(2010年春、至学館大へ名称変更)


―クラブチームの良さはどんなところですか?

高校や大学の部活動と違うのは、いい意味での「バカ」ができるところですね。しばられず、自分の想いで、思い切りできるところだと思います。


―大阪Blessの活動でよかったところ、楽しかったところは?

中心選手になってからですが、中学生、高校生を引っ張っていくところです。主将になってからは練習メニューの管理をしたりするので、より自分でつくるチームと感じられました。また、選手としての自分のプレーも伸ばしていくので、両方やることは贅沢でした。


―女子で硬式をプレーしようと思ったきっかけは?

少年野球をやっていて、小6のときに中学ボーイズリーグのセレクションを男子のチームメイトと受験しました。


―そうですね。女子でも小学6年生なら、男子よりも背が高かったり運動能力でも上だったりしますね。

監督さんなどから「自分(君)が一番うまい」と冗談でも言ってもらえました。テストの評価も一番よかったし、うれしくて調子に乗りました(笑)。男子よりも早くレギュラー取れるって。…でも、後から「女はダメだ」と言われて…。それは最初に聞いてたんですよ。聞いてたけど、それでも野球がうまければ入らせてくれると思っていたので…。それが悔しくて、どうやったら練習させてくれるのかと思いました。公式戦は男子しか出られないし、前例もなかったので。でも、女子の全日本代表のセレクションを受けたいと思っていて。


―…男子との差はいつ頃に実感するようになりましたか?

中2か3ぐらいからやっとボーイズの練習生として認められましたが、女子なので特別メニューでした。気まぐれで練習に行かない日もありましたし。やっぱり中3のときに男子とのレベルの差を感じました。筋力、体格、パワー、スピード。そのときに初めて限界を感じました。高校野球でもう違うな、レギュラーが取れないし、トップにはなれないと感じ始めましたね(笑)。


―実際に試合を観て、そう思いましたか?

当時、北嵯峨の野球部にいた兄の練習試合を観に、高校のグラウンドへ行ったときですね。(男子を)抜かすことはできない、けど…すごいなあと。


―お兄さんも後に日本代表に選ばれるほどでしたが、野球を続けているのは、お兄さんとよくキャッチボールをしていた影響が大きいのですか?

兄は父とはバスケットやキャッチボールをしたりしていましたけど、自分はお手伝いをしたりして少年野球を見学したりしていました。兄とはあまりしていません。だから、私はどちらかと言うと、バスケットをやっていた5歳上の姉の方がよくキャッチボール(ボール遊び)の相手をしてくれました。それに、幼稚園のときからよくボール遊びをしてくれたりしたので、小3か小4ではボールクラブで球技を習っていました。


―では、中学のときの部活は?

中学は陸上部です。でも、陸上部に入っても、高校へ行ったら野球をやるつもりだったので、そのための体力づくりと考えていました。


―どんな種目をしていたのですか?

短距離ですね。主に100メートルや200メートル、ハードルをやっていました。そして、中3になってから投てきに。


―ええっ?…投てき?砲丸投げですか?まさかやり投げですか?

ええと、円盤投げをするようになりました。ハードルは大会で決勝手前まではいけたのですが、…種目を変えようかという話にもなって。


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―どれくらい遠くへ投げられましたか?

25メートル前後、ですね。市大会は1位でしたが、府下大会では、残念ながら6位で近畿大会には行けませんでしたけど。


―どうして円盤投げに転向したのですか?

信頼していた陸上部の先生が、中3のときに産休から戻ってきて、「投げろ!」と言ってもらえました。だから中3になってから円盤投げを始めたのです。府下大会の1ヶ月後にあった記録会では、プラス5メートルの28、29メートルの記録で1位でした。だから、もっと早く言ってくれと思いましたね(笑)。


―本当にそうですね(笑)。もっとすごい記録が出たかもしれません。

その先生は面白い先生で有名でした。陸上のことも今までやってきた専門の経験があるので何を言っても説得力があり、ついていきたい感じでした。先生は「産休中は責任を持って教えることができないからむやみに勧められなかった」と言っていましたけどね(苦笑)。


―小西さんを観ていて、野球がどうこうというよりも運動能力がとても優れていると思いました。子供と少し遊びでドッジやサッカーをしたときのその動きだけでも大変なものだと。いつも体育の成績は「5」でしたか?右利きなのに左投げのフォームも自然でしたが。

体育の成績で「5」以外を見たことがないですね(笑)。すっごい負けず嫌いなのですよ。だから、もしできなくてもできるまで何回でもやります。ダルビッシュが左で投げているのを観ましたが、小5ぐらいのときに「私も左でやろう」と思って、今は字も左でも書けますし、はさみも左でも使えます。自転車に乗るのは右からしか乗れないのですが。いや、何というか左でなんでもできてしまうところがありますね。


―バランス感覚が優れているのですかね。それに小西さんはパワフルですね。雰囲気ですが、女子ゴルファーで似ている人いますね?名前が出てこないけど…。

それは…たぶん古閑美保さんですね(笑)。よく言われます(笑)。


―そうです、そうです(笑)。雰囲気が似ていますね。古閑さんも少年野球をやっていて、確か馬原(ソフトバンク)からホームランを打ったと聞きました。

へえ~、そうなんですか。私、小さい頃からスポーツ全般が得意ですね。卓球は遊びですけど得意ですし、バスケは小3から小6まで、野球も小3から小6までやっていて、サッカーは小6で学校の部活で、ボールクラブも小4からやってました。


―ボールクラブって何ですか?また、水泳はどうですか?

キックベースなどの球技をやります。水泳は人並み以上には泳げます。とにかく負けず嫌いですし、前はスイミングコーチで教えたこともありますよ。


―すみません。野球の話でした(笑)。ええと、投手として球種は何がありますか?決め球は何ですか?

カーブ、スライダー、チェンジアップです。決め球はまっすぐです。変化球ならカーブです。


―まっすぐに自信があるのですね。ドラフトの動画を観ましたが、「MAX130キロを目指す」と仰っていました。正直、今の球速はどれくらいですか?

MAX120キロいかないくらいですね。毎日投げすぎたら伸びないと思っていますし、それよりも下半身の安定が重要です。足もお尻ももっと大きくならないと粘りが出ないです。重心が低いままで、もっと歩幅を広げたいです。そのためには、走りこみやトレーニングを欠かさずしたいです。これからは今よりももっと練習できるし詰め込めるので、球速は今より上がるだろうと思います。


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―バッティングをしている写真(Web記事)が出ているので拝見しましたが、自信もおありですね。

バッティングは好きです。1チームに15人しかいないので、野手として出ることもあるでしょう。


―ライバルの選手がいれば紹介してください。外国人でもいいですよ。

特にいないですね。強いて言えば、プロではないのですが、尚美学院大の西朝美さんです。全日本のキャッチャーです。体格がいいので飛距離もすごくて。投げる時は闘争心をかき立てられます。外国人は、この人はと思う人は、アメリカにいるのですが、ちょっと名前がわからないです。ほんとにリーチが長くて、どこに投げたらいいのかと。投球術がないのでパニックになりました(苦笑)。あとはBlessを一緒につくった上田さんですね。2つ上ですけど、他の人にない能力があって対戦が楽しかったです。結構打たれてしまいました(苦笑)。


つづく

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.2

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.2

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―ご自身のブログを拝見しましたが、食事の量が…なかなかですね(笑)。好きな食べ物は?、嫌いな食べ物はありますか?

嫌いな食べ物はないですね。好きなのは…、いくら、ドリア、マンゴー、アボガド、キャベツ、桃、ハンバーグ、豚肉…、どこまで言ったらいいですか?(笑)食べることが幸せです。奪われると泣きます(笑)。


―野球選手なのですから、食事は気にせずたくさん食べてください。

自炊するようになって1年なのですが、運動をたくさんして体重調節できるので気にしていません。食べ物が好きなので太りすぎたと思ったら、運動を多目にします。それよりも、料理をつくることが好きなのですね。


―得意な料理を聞いてみましょう。肉じゃがですか(笑)?

煮物と…、チャーハンは定番すぎるかな(笑)。肉じゃがは作ったことがないです。何でだろ。たまねぎを切ったら泣くからかな?(笑)他に大根煮やひじき、小芋の煮たものはよくつくります。


―休日の過ごし方やリラックスの方法は?

実家に帰ってピアノを弾くことですね。


―へえ~、習ってたのですか?どんな曲を弾きますか?

一切、習っていないのですが、ピアノの先生の資格を持っている母の影響です。中学の頃が一番弾きましたね。合唱コンクールで歌うような曲を弾きます。譜面も読めるし、弾いて歌うのが好きです。カラオケの楽しさとはまた違って、真剣にお腹から声を出すのが楽しいです。


―健康面で注意していることは?体のケアとして、マッサージや整体には行きますか?

前にトレーナー、インストラクターをしていたので自分のことは全部わかってしまいます。なので、自分に何かが起きても原因も治療法もわかります。トレーナー知識があるし、柔軟や筋力ともにわかるので、マッサージや整体には一切行かないですね。スポーツクラブで勉強していたので、自分が自分のトレーナーです。背中が痛いことはありますが、大したことはないですし、今のところ体のケアについては問題ありません。


―お兄さんは北嵯峨のご出身でした。年末に戦力外通告を取り上げた番組で、山田秋親投手(立命館大-ソフトバンク-福岡レッドワーブラーズ)が取り上げられていました。ロッテに復帰することになったようです。

山田さんは兄が1年のときの3年で、甲子園に行きました。同じピッチャーだったので、お世話になったみたいです。


―そのとき北嵯峨は卯瀧監督(現立命館宇治)ですよね?

はい。兄が1年のときはそうでしたが、2年のときに鳥羽に行かれました。鳥羽は兄が3年のときにもう強くなってきてました(笑)。


―知らなかったのですが、お兄さんの正則さんはクラブチームの東海REXで日本代表に選ばれています。プロの宮西(関学大―日ハム)、大場(東洋大―ソフトバンク)、野本(駒沢大―日本通運―中日)や長野(日大―ホンダ―巨人)と第16回IBAFインターコンチネンタルカップ(2006年)で一緒だったのですね?

兄は「松坂世代」で、夏の京都大会では北嵯峨か、春の近畿大会で優勝した平安が優勝候補で、甲子園に出るだろうと言われていました。でも、準々決勝で互いにぶつかり、延長10回で3-2で勝ったものの、翌日の準決勝の京都成章戦では、兄は途中から登板しました。それで序盤に取られた点に追いつくことができず、古岡(中央大―ヤマハ)さんの緩い球に翻弄されて1-7で負けました。とても残念だったのを覚えています。京都成章は勝ち上がって甲子園の決勝で横浜に負けて全国準優勝でしたしね。意外でした。


※1998年7月28日に行われた第3試合(準々決勝:北嵯峨対平安)は、予定より3時間半遅れの17時31分プレーボール。


【1998(平成10)年第80回大会 北嵯峨の戦績】

1回戦:北嵯峨4-0久御山 ※久御山の先発は、橋本健太郎投手(東北福祉大―日本新薬―阪神―ロッテ)。 2回戦:北嵯峨9-0京都学園 3回戦:北嵯峨6-0北桑田 4回戦:北嵯峨9-0加悦谷 準々決勝:北嵯峨3-2平安 準決勝:北嵯峨1-7京都成章(第2試合)

準決勝:鳥羽4-3峰山(第1試合)
決 勝:京都成章(3年ぶり2回目)7-0鳥羽


―お兄さんは今日本新薬で活躍されている正捕手、堂前篤史さんとバッテリーを組まれていたのですよね?内野手の佐々木龍(日本新薬)さんも同学年ですね?

はい、そうです。


※準々決勝の平安戦で佐々木龍さんは延長10回に右中間へサヨナラタイムリーを放った。


―兄妹がお互いに日本代表ということで、社会人野球雑誌の「グランドスラム」にも取り上げられたようですね。お兄さんの日本代表での試合は観に行きましたか?

私も兄もそのときお互い合宿があって台湾には行っていませんし、自分のときも来てもらえませんでした(笑)。


―プロ野球などで有名な選手と友人だったりしますか?

神内(延岡学園―ソフトバンク、京都府綾部市出身)君や内海さん(敦賀気比-東京ガス-巨人)と一緒に練習したことがあります。あとはもう時効だと思うので言いますが、5年以上前には片岡安祐美(茨城ゴールデンゴールズ)ちゃんらと毎年冬に自主トレをしていました。3つ年下で姉妹みたいな仲になって、彼女が「お姉ちゃん」と呼んでくるのです(笑)。


―男子のプロ野球で好きな選手は?

うーん、イチロー選手の生き方は好きですね。ピッチャーとしては、ダルビッシュや岩隈さんですね。手足が長くて、ムチのような腕の振りで、細身のピッチャーが好きです。岩隈さんの縦のカーブが最高です。昔は高津さんと古田さんのバッテリーに憧れました。


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―この取材の前に、テレビで昭和40年会と48年会のバラエティ番組を観ました。古田さんとの共演はどうでしたか?

共演と言っても、憧れの人でもあるので、緊張してあんまり覚えてないです。古田さんには受けてもらい、夢のバッテリーが成立しました。キャッチボールしていただいただけで、感動し、変に力んでしまいました。あの試合は軟式を使ったので、ジョニー黒木さんに「思い切り投げるなよ」と気遣って頂きました。


―軟式だと肩が抜ける感じになるからですか?

そうです。軟式だと肩が抜けた感じになるし、冬なので最近硬式は投げてなかったので。特に軽いボールを右手で投げるとおかしくなるので心配してもらいました。


―古田さんと山本昌(中日)さんに打たれてしまい残念でしたが、対戦はどうでしたか?チームメイトになる厚ヶ瀬さんも村上(近鉄―西武―大阪ゴールドビリケーンズ監督)さんのストレートに空振り三振だったですし。そう言えば、吉本お笑い芸人のブラックマヨネーズともからんでましたね。

すごく楽しかったです。会えてよかったです。山本昌さんも体が大きくて。厚ヶ瀬も私と同じで軟式がやりにくかったのだと思います。ブラマヨさんは…思っていたよりも小さかったかな(笑)。


―他に印象に残ったことはありますか?

山本昌(中日)さんと三浦(横浜)さんと勝負しましたが映ってましたか?プロの二人は古田さんとバッテリーを組んで、中学生のボーイズチームに対戦しました。山本昌さんも三浦さんも打たれてましたが、私は女子の丹波ガールズの選手と対戦してファウルに打ち取りました。一球勝負だったので、結果は私の勝ちだったのですが…。テレビ的には面白くなかったかもしれません。硬式球を投げました。


―それは映っていなかったです(笑)。テレビ的にカットになったのでしょうか?それから、独立リーグの吉田えり(三重スリーアローズ)選手もその番組に出演なさってましたね。小西さんの球を見て、「いい球を投げますね」「負けました」とコメントしていましたよ。僕も球筋はいいし、きれいなフォームで投げるなと思いました。年齢も違うのでこの質問はなんですが、えりちゃんにはどんな印象をお持ちですか?

…えりちゃんと話す時間を与えてもらえなかったので残念です。こっちへ寄ってくる感じはありましたけども話せませんでした。前にえりちゃんがいたクラブチームと対戦したことがあります。その試合はBlessが圧勝しました。当時は全くの女子高生という感じで、今はすごい成長したという印象です。あまり覚えてないですが、あのピッチャーが…という風に思いました。


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―これからいよいよ女子プロ野球選手になられます。トライアウトを受けようと思ったきっかけを教えてください。

野球が思い切りできるからですね。


―「野球は自分を表現できる」と発言なさっていますね。野球じゃないとダメなのですか?ソフトボールとの違いは?

ソフトボールもやっていましたが、距離が短くて狭いのです。だから、魅せるプレーが限られている気がします。ソフトでは実際、サードを守りました。でも、一瞬のプレーなので面白みに欠けます。完ぺき主義だし、ミスしたら負けます。それに比べて、野球はユーモアがあります。いくつミスをしても取り返せる。技術が一つではないし、可能性が無限大な気がします。ソフトは守備で言えば、打球の反応も届くか届かないかだけですが、野球は一歩目、二歩目というのがあります。


―なるほど。僕は近所のソフトチームでサードを守ったことがあるのですが、ただ打球が怖くて。一歩目も何も、ただ打球が飛んできたら、飛びつくようなノリでしたね(苦笑)。ところで、京都、兵庫の両チームが指名しました。なので、自分でチームを決めるくじを引くことになりましたね。僕は30人で京都出身は小西さんだけなので、ぜひとも京都を引いてほしかったです。

…京都出身なので貢献したかったですけれども、敵になってしまいました(苦笑)。チーム最年長なので引っ張っていきたいです。


―今まで野球を続けてきてどうでしたか?

いつも全日本に入れるという確約もないので、ずっとチャレンジャーの精神でやっていました。いつ落とされるかわからないので必死でした。メンバーに入って世界と戦いたかったです。


―男性とプレーすることも多かったと思いますが、どうでしたか?

相手が女子だからといって、手加減されるのが嫌でした。それで助かるところもあるわけですが、手を抜かないといけない男子がかわいそうとも思います。更衣室はいつでもどこでもありませんね。


―仕事やアルバイトとの両立はどうでしたか?

とにかく何をやっても自分にプラスになると思ってやっていました。短大卒業後は体育の家庭教師をやったり、スポーツクラブやレストランの掛け持ちでした。


―少年野球の時も、周りにほとんど女性はいなかった環境でしょう?

自分が初めてでしたし、女子の先輩もいませんでした。少年野球は親とチームの大反対を押し切り、無理矢理お願いしました。その頃に同い年で野球をやっている人は2人ぐらいしか見たことがなかったです。


―好きなお笑い芸人やアーティストはいますか?

この人は面白いと思う人が3人います。明石家さんまさん、島田紳助さん、あと高田純次さんですね(笑)。歌手では、コブクロ、Superfly、絢香、倖田來未などが好きですね。

※今春の第82回選抜高校野球大会開会式の入場行進曲は、女性歌手、Superflyの「MY Best Of My Life」に決まった。


―趣味は?

ドライブです。山とか海に…。今は時間がないですけど、車の運転は大好きです。



つづく

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.3

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.3

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―今の会社(リーフラス株式会社)に入られたきっかけは?一緒に大阪Blessを設立した上田さんも同じ会社ですね。

上田さんに「野球を教えるのは好きか?」と聞かれたのがきっかけです。今は上司になりました(笑)。


―上田さんとの出会いは?

高3のときに、2002年のワールドカップの選考会で初めてお会いしました。セレクションを初めて受けた年ですね。上田さんは奈良でソフトの実業団チームに入っておられて、チームでもレギュラーメンバーでした。私は補欠でした。「関西なんや?どこ?」と言われて、「京都です」と答えました。


―ベースボールスクール・ポルテでの仕事や指導は楽しいですか?

子供が好きで、指導するのはとても楽しいです。昔から先生になりたかったので、幼稚園でも小・中・高でもどれでもいいから教えたいと思っていましたが、高校から推薦で龍谷短大に進んだので…。自分がプレーしていくことが前提だったので、そこでは保健体育科の教員免許が取れませんでした。短大は、社会科なら取れましたけど、社会科はちょっと違うかなと。


―北嵯峨時代はソフトボール部ですね。チームの成績や守備位置、打順を教えてください。

4番センターでした。チームはあまり強くなかったです。京都西山が強かったですね。最近は京都成安(現京産大付)が強くなってきていますね。


―北京オリンピックの金メダリストで京都西山出身の、江本奈穂選手や狩野亜由美選手と対戦したことはありますか?

対戦というよりも、京都選抜のチームメイトでした。私自身は2年連続で国体の強化選手(京都選抜)に選ばれていたので。西山出身が多かったです。


―では、国体に出場されたのですね?

2年のときは富山国体に出ましたが、補欠だったので出場はなかったです。3年のときは、選手として出場しましたが、予選敗退で国体には出られませんでした。本当は選手として選ばれてはいけなかったのですが。


―どういうことですか?

3年夏前に行われるインターハイ予選でチームが初戦敗退してしまいました。京都選抜に選ばれるのは、京都で上位ベスト8以上じゃないとダメというルールがありました。私が選ばれて、それが問題になって会議が行われました。西山が優勝だったので、西山の監督が選ぶ権利があったのですが、2位以下の成安などのチームの監督さんからは「いや、おかしい」とダメ出しがあったのだそうです。でも、西山の監督さんが「小西をほしい、絶対に取るんや」と言って頂けたおかげで選ばれることになりました。その後で「活躍せんかったら、わかってんねんやろな」と言われましたけど(笑)。


―今シーズンの目標を教えてください。

開幕戦の先発です。監督やコーチに認められるようにして、まずは5回ノーヒットノーランで抑えて、初勝利を挙げることですね。あとは、ピッチャーをしつつも、バッターボックスに立っても活躍したいです。


―DH制ではないのですか?

まだわかりませんが、DHは使わないだろうと思います。チームは15人しかいないので。


―将来的な目標を言うとどうですか?

ピッチャーとしては、130キロを記録することです。バッターではオーバーフェンスを打ち込みたいです。1年間の目標じゃなくて引退するまでに。絶対にムリやろと、誰が見てもそう見えたら引退します(笑)。可能性がある限り挑戦したいです。


―力強い発言ですね。「MAX130キロの大台を目指したい。私の手で出したい」「感謝の気持ちを忘れない」と発言されていましたね。…その130キロというスピードについてですが、130キロとは…男性で言うと160キロくらいの感じなのですか?

…そうですね。…自分では150~155キロぐらいのイメージを持っています。


―応援していますので頑張ってください。

はい。でも、実は悩むタイプだし、気が弱いところもありますが…。とにかくケガだけには気をつけたいです。


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―3年前の秋、西京極に女子ソフトボールリーグを観に行ったことがあって、まだオリンピック前でしたが、観客、特に中学生、高校生などの女性客が多くて驚きました。女子プロ野球はまだ2チームしかないため、その盛り上がりについて不安視されるところもあります。僕は男性客よりも女性客や子供たちが多く入るようになってうまくいくのでは、と思っています。そのあたりはどのように思いますか?

それはちょっと予想できないですね。まだ実感もありません。ソフトボールとの比較ではわかりません。先日のトライアウトでは、子供というよりは野球好きの関心のある人が来ていたり、観るのが好きなおじさん、おばさんがいたり、会社関係の人とわかる人が来ていました。あれはトライアウトだったので正式に始まるまで何とも言えません。


―女子野球界は「プロアマ共存」ということですが、ワールドカップには出られますか?

おそらく大丈夫です。出られると思います。


―日本代表で小西さんの背番号が「18」だったということは、女子野球界の「ダルビッシュ」や「涌井」ということでいいのですよね?

いいえ、前回のワールドカップで活躍できなかったので、それは言い切れない部分がありますので。


―それではエースは誰だったということになるのですか?

誰がエースとか決めていたわけではなく、みんなで掴んだ優勝だったので…。あえて言えば、野口(神村学園)が大会のMVPでしたので、それは野口ということになるでしょう。


―それでは、今年開催予定の第4回の日本代表に選出されることを願っています。女子硬式野球にとって大事な一年になりますね。大阪Blessの他の3選手も偶然、兵庫スイングスマイリーズに入団することになりますね。

はい、4人全員が同じチームなので力を合わせて頑張ります。


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左上=松本育代さん、右上=小西美加さん、左下=野々村聡子さん、右下=田中幸夏さん


―さて、話は変わりますが、2月で会社も退社されます。子供を指導するのが好きということで、今の子供たちに言いたいことはありますか?

今の小学生、子供たち…というよりは、親や社会に対して言いたいですね。「危ないからとあまり色々と禁止しないように」ということです。ブランコでケガをしたりするのは普通のことで、塾に行けなくなるとかで、危ないことを全部させないような社会だから不器用だったり、運動神経がなかったりというようなことになるのだと思います。子供が公園でケガをするのは普通です。色んなことを体験して本当の怖さを知ることが勉強だと思うのです。


―転んで足を擦りむいたり、血が出たり、それが痛いということを知って色々と覚えるわけですね。

私としては、たいそうですが、できないことや少々危ないことをあえてやらせるようにしています。たとえ、それができなくてもです。決して難しくないと思いますが、後ろ向けに走らせるのも難しいような風潮があります。


―大阪の小学生は体育が苦手と聞きますが、どうですか?

体育の平均点を上げるには、場所を作る必要があります。駐車場を公園にしてあげるくらいでないと。子供たちが遊べる広場がないのが問題ですね。あとは道が危ない、車も多いということで親の監視がないと外にも出られないというのが…。一輪車に乗る場所もないし、道路でもできないので学校でしか乗れないです。田舎でないので、木登りもできないし、野生的なことが一切できないです。緑もないというか…。子供は色んなところで遊ぶのが普通なのに、都会過ぎて虫も見つけられないように思います。


―京都と比べてどうですか?

大阪の子供たちはかわいそう。京都は環境がいいし、緑も多いように感じます。それはお寺が多いからそう思うのかもしれませんが、土の部分が多いし転んでケガをしても大丈夫です。大阪は自由に遊べるところが少ないので。土があれば野球もサッカーも熱中できます。残念ながら、今の時代は6年生と1年生がいっしょにサッカーもしないのです。危ないことを避けるのが大阪と東京です。


―当然、東京も都会なのでそうなりますね。

でも、東京は小学生にも教育費にたくさんお金をかけられるようですし、大人自身もすごいところがあります。地域にもよりますが、大阪よりもパーソナルトレーニングの受講率が高いと聞きます。すごいです。会社としてそれは大変いいことで、存在価値もあるということなのですけれども。


―会社の方針もありますが、小西さんが指導することで気をつけていることはありますか?

柔軟体操はしないです。その分、足を広げさせるようにしたり…。スクールでやることの動きには意味があります。できれば子供にはやんちゃなぐらいなことをやってほしいですね。


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―リーフラスという会社を知ってとても驚きました。

会社にはアルバイトはいませんし、全員が正社員で「人間教育」に力を入れています。単に野球をするだけではなく、野球を通して「人間力」を小さい時から身につけることを目指しています。キャッチフレーズは「子どもたちの『ココロに体力を。』」です。


―小西さんがあいさつができなかった子供たちに「グラウンドに何て言うんやった?」と声をかけたり、みんなでごみ拾いをする時間を設けたりして指導していたのが印象的でした。

グラウンドに「お願いします」「ありがとうございます」とあいさつすることは当たり前のことです。そして、子供たちには、あいさつは自分からでないと意味がない、その勇気を持つことが大事だと教えたいです。そうすれば、どんな世の中でも頑張れるようになると思います。


―子供たちの指導やプロの始動を控え、お忙しいところありがとうございました。

いえ、これから始まる「女子プロ野球」の応援をよろしくお願いします。


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おわり




※『唯我独尊』とは、「自分一人が特別にすぐれているとうぬぼれること。ひとりよがり」という意味ではなく、「この世の一人ひとりが主人公。」といった意味で捉えています。

※今回は4月に女子プロ野球開幕を控える小西美加さんを取材させていただきました。小西さんは兵庫スイングスマイリーズのエースとしての活躍が期待されています。どうぞ応援よろしくお願いします。




(参考HP)

山田秋親

神内靖

片岡安祐美

江本 奈穂

狩野 亜由美


日本女子プロ野球機構

日本女子プロ野球機構代表ブログ(ガラスのスパイクを届けに!)

財団法人 日本野球連盟

全日本野球会議(野球日本代表)オフィシャルサイト

日本女子野球協会

全国高等学校女子硬式野球連盟

京都創成大学 ※今春(4月より成美大に)、女子硬式野球部が創部予定


リーフラス株式会社

ベースボールスクール・ポルテ

山梨学院大附の優勝をどう見るか

 第88回高校サッカーでまさかまさか、初出場の山梨学院大附が青森山田を1-0で下し優勝した。青森山田は13年連続で出場しての悲願が成し遂げられない。戦前では、個人技で上回る青森山田の優位説があったようだ。山梨学院大附は組織力と守備力が評価されていた。

 私が山梨学院大附を推していた理由のひとつに、準決勝の青森山田対関大一戦の結果がある。青森はPKで勝ったとはいえ、終盤に2点を返され、同点に追いつかれる波乱が起きた。これによって決勝を迎えるにあたってイレブンの動揺が起きたと想像している。事実上の決勝戦は、中京大中京戦で10得点を挙げた神村学園と青森山田の準々決勝という声もある。それを4-0の思わぬ大差で勝った油断が準決勝で出たという見方もできそう。準決勝でのPKという勝ち方は、万全のものとは言い難かった。それで、決勝の山梨学院大附戦で選手がやや萎縮したか。先制されて追いかけるという、いつもと違う展開となり慌てたのが敗因、…と勝手に分析してみる。もちろん、サッカーを知らない私のことなので、こじつけのところはある。

 驚いたのだが、山梨は戦前から「前半勝負」というよみが当たり、前半11分に主将・碓井のこれ以上ないミドルシュートでサイドネットを揺らした。そして、そのまま逃げ切り、初出場初優勝。失点されそうな場面もあったが、それまで4試合連続無失点の守備力が効いた。「前半勝負」は横森監督の談話。どうして「前半勝負」なのだろうか。もう少し理由を知りたいところだが、とにかく先制点を取るということなのだろうか。これで野洲が優勝して以来、5年連続して初優勝が続いている。

 事実上の決勝は、1回戦の山梨学院大附と野洲だという声もあった。大会前、5年連続出場を決めた野洲の山本監督は「戦い方は全国優勝を果たした時に近い。結果を出したい」と言っていたようだが、「セクシーサッカー」で5年前に旋風を巻き起こした野洲も、もちろん優勝を狙っていた。しかし、初めて初戦で敗れる。しかも、後半に4失点した。その相手が山梨だった。山梨は、2回戦で立命館宇治を1-0で、3回戦でインターハイ王者の前橋育英を下した香川西を2-0で、そして、準々決勝では、開幕戦で帝京を下したルーテル学院を1-0で下す。準決勝の矢板中央戦は2-0だった。決勝は前述の通り。結局、失点は野洲戦のみだった。

 野洲が優勝して高校サッカー界が変わってきたと言われているらしい。それもそのはず、山本監督はサッカー未経験の指導者。で、初優勝以来、そのサッカースタイルなどが全国の憧れの的になっているらしい。野洲に勝てば優勝というジンクスはないが、野洲に勝ったチームは強いだろうという検討はついた。

 もうひとつ。立命館宇治に勝ったチームに勝ってほしかった。時代は少しずつ変わり、静岡勢や国見、市立船橋、鹿児島実が勝てなくなってきている。それで16強のどこが優勝しても初優勝ということで大会は盛り上がった。そして、優勝したのは、スカウトを強化した山梨学院大附。準優勝は、中高一貫教育の青森山田。我らが京都代表の立命館宇治もそのような運命をたどるかどうか、実際はわからないが、強くなるのは間違いない。また、高校生の年齢の段階で、ユースだ日本代表だって、個人の能力を伸ばす指導も前提となっている。大会中に山梨が挙げた11得点を8人で挙げたことが、このチームの強さであり、決勝ゴールが決まったのも碓井がパスせずに、あの場面で自分でシュートを打ったことがすごいのだと思う。青森はまさかあのまま打ってくるとは思っていない。その一瞬のすきをつかれてしまったように見えた。

 これで野球、ラグビー、サッカーと京都勢は全て全国優勝校に敗退するという、まさに不運である。なんとかこのスパイラルを抜け出さなくては…。組織力や守備力で勝ることがあっても、攻撃力や個人の高い能力が育まれない土壌があるのかどうか。爆発的に活躍できるような個人の育成にも注意を払っていく方針転換が必要であり、そうしなければいけないかのような時代の流れを感じている。でも、よくわからないな。それは高校生の部活を超えている気もするからだ。


 
 

高校サッカー、決勝前夜

 1月10日付けの京都新聞19面のスポーツ欄に、昨日の高校サッカー準決勝、青森山田と関大一の試合結果、及び記事が載っている。

 昨日、私は関大一がPKで敗れてしまったことから、PKではなく延長戦があればよかったのに、と書いた。つまり、延長戦になれば関大一が青森山田に勝つことができたかもしれないという意味でもあるのだが、京都新聞の記事によると、青森山田のGKは戦前に2回戦で関大一が鹿島との試合で行われたPK戦を研究していたことが判明した。詳しくは新聞を手にして読んでもらえばいい。ビデオで研究した結果が出た、とある。参りました、というよりは、サッカーの試合においてPK戦を戦うということは、あくまでも想定内のことであり、PK戦になったからと言って、慌てることなく対処できた方が勝利に近づくことを教えてくれる。しかも、この青森山田のGKは、昨夏の高校総体で悔しさを味わったらしく、なおかつ昨年4月に就任したGKコーチから指導を受けていたことが奏功したようだ。5人中3人も止めたという理由がそこにある。

 これを読む限り、私は自分が書いた内容がとても浅はかであったことに気づかされ、今これを書くことに至った。サッカーにおいて、PKというのは避けて通れないものである。だとすれば、そのことは常に想定内であり、結果PK戦で勝つ、負けることも避けて通れないことを表すものであるから、そのルールを外すというのを提言するのは、まさに素人が勝手に言っているだけのことで、「何もわかっていない」と言われても仕方がない。そのPKに、深い意味を感じる人もいるというわけだ。

 だけれども、さすが京都新聞。私が期待していた言葉を聞くことが出来た。GKに止められた3人の内の1人が「延長戦があれば走り勝てた」と言っているみたい。いいぞ、いいぞと半分だけ自分の感じていたことが当たって、文章として表されていたことに、さすが京都新聞は違うなあ、やるなあと、独りで記事を見ながらほくそ笑むのだった。延長戦、やっぱりやるべきだったよ、と。


 いよいよ明日11日に決勝が行われ、初出場の山梨学院大附と青森山田が対戦する。私の予想では、優勝は山梨。なぜなら、2回戦で我らが京都代表・立命館宇治を下した相手であると同時に、1回戦で4年前に優勝した滋賀代表・野洲を下したからである。野洲は今大会を迎える前、監督自ら4年前のチームと遜色がないとコメントしていた。そして、その野洲を倒し、自信になったという山梨。今大会は優勝経験のある高校が全て3回戦までに敗退するという、波乱の大会となっているらしいのだが、どちらが勝っても野洲以降、4年連続の初優勝となる。戦前の予想では、個々の能力で青森山田を推す声も多いようだが、あえて山梨の、チーム得点者が8人(計10点)もいる、どこからでも得点が可能な、その層の厚さに一票を投じたい。また4試合連続無失点と守備力が安定する。ノーマークになった選手にパスが通るかどうかが楽しみのひとつだ。

PK戦、…ってなんでやねん!

 前回は第89回高校ラグビーについて触れたが、翌日、準決勝で京都成章を下した東福岡(福岡)が、やはり圧倒的な攻撃力で桐蔭学園(神奈川)を31-5で下して、2年ぶり2回目の全国制覇を成し遂げた。決勝までの総得点が史上最多。現チームが始まって1年間の公式戦29連勝無敗という他を寄せ付けない、とんでもない強さだった。

 そう言えば、我らが京都代表・京都成章だけが、東福岡に2トライを挙げたことを賞賛し、準決勝としては史上最多失点67、最多得失点差55であったことは置いておいて、2年連続ノーシードからの4強進出は立派だったと申し上げたい。

 話は変わり、第88回高校サッカー。京都は立命館宇治が初出場ながら、秋田商(秋田)を3―2で下して、京都勢8年ぶりの初戦突破を果たした。しかし、2回戦で山梨学院大付(山梨)に1-0で敗れた。後半13分にPKを決められ惜敗。残念だが、相手の力が上だった。同じく初出場の山梨学院大付は今日、準決勝で矢板中央(栃木)を2-0で下して初の決勝進出。11日に青森山田(青森)と激突し、初優勝を目指す。

 その対戦相手となる青森山田だが、準決勝で関大一と対戦した。青森山田のペースで試合は進み、勝利は目前だった。しかし、関大一は2点差をつけられながら、後半44分に1点を返し、ロスタイムで同点に追いついた。あきらめない強い気持ちが作用して、終盤の最後に実を結んだのだったが、時間はもう残っておらず、結果PK戦で決着をつけることに。そして、惜しくも青森山田に2-3で敗れた。

 決して自分の思い通りにならないし、最初からルールで決まっているのではあるが、延長戦をした方がよくありませんか?決勝は前後半を終わって同点なら延長がある。PK戦で決着をつけるというのは、サッカーファンは納得できることなのかもしれないが、そうではないただのファンとしては観ていて、もう少しなんとかならないものかと考えてしまった。もちろん、関西人としての勝手な意見。負けたから言っているのに過ぎない。選手の体力や色々と事情があるのだろうが、これもいまひとつ納得できないことだ。試合とPKは別物だという感があるし、それなら最初からPKで決めるということでもなかろう。なんとか延長戦を実施して、それでもやはり決まらないからPKということにしてはどうなのか。こんな話は今に始まったことではないが、どうしてもつぶやきたくなる。試合後のロッカールームで、選手が「わかってはいるけど、あそこまでいったのなら…延長戦がやりたかった」と言ってほしい。そうすれば、ルールが変わる可能性だってなくはない。


 それにしても、高校ラグビーもサッカーも、京都代表が負けた相手が決勝進出。ラグビーは伏見工か京都成章が、もうすぐ全国制覇するかという状況だが、サッカーの方はまだまだ期待できるとは言いにくい。今年は立命館宇治が8年ぶりに初戦突破した。よくやったと思う。2006年からJ1京都サンガと提携したことにより、4年間チームを率いている梁相弘(ヤン・サンホン)監督の指導が開花。よって同校がいっそう強くなっていくことは間違いないだろう。近年力をつけてきた私立の京都橘、福知山成美などや公立の城陽、久御山などと群雄割拠の時代を築き上げれば、京都勢の全国大会の活躍は必至になるかどうか…。とりあえずは、山梨学院大附に優勝してもらおう。今日の山梨の試合を観る限り、私は死角は見当たらないように見えた。11日の、その結果がきっと、京都勢の励みにつながるはずだ。






<今大会の結果>

第88回 ● 立命館宇治 0-1 山梨学院大附(山梨)<2回戦> ⇒山梨学院大附が決勝進出

第88回 ○ 立命館宇治 1-0 秋田商(秋田)<1回戦>



<最近の京都勢初戦結果>

第87回 ● 京都橘 0-2 前橋育英(群馬) ⇒前橋育英(群馬)がベスト4

第86回 ● 久御山 1-2 流通経大柏(千葉) ⇒流経大柏(千葉) が優勝

第85回 ● 福知山成美 0-2 帝京大可児(岐阜)

第84回 ● 城 陽 0-1 岐阜工(岐阜)

第83回 ● 城 陽 1-1 羽 黒(山形) PK1-4

第82回 ● 京都朝鮮 0-2 武南(埼玉)

第81回 ● 伏見工業 1-1 盛岡商(岩手) PK3-5

第80回 ● 久御山 1-2 東 北(宮城) 

第79回 ○ 久御山 2-0 秋田西(秋田)




(参考HP)

第88回全国高校サッカー選手権大会

全国高等学校体育連盟

日本サッカー協会

全国高等学校サッカー選手権大会

高校サッカー

写真はほどほどに、でも…(1)

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第89回全国高校ラグビー大会 2010/1/5 [準決勝] 京都成章 12-67 東福岡

~試合後のあいさつ


 一昨年、伏見工業が全国準優勝した試合を花園に観に行ってから、ラグビーにも興味がでてきたようだ。去年は京都成章が4強に進出。でも、さすがに京都成章が出場しているということだけでは観に行くことはなかったのだけれども、今年連続出場を果たしたのを知って、結果が気になった。そして、ベスト8には残るのではないかと思っていた。

 京都の高校ラグビーと言えば、赤いジャージの伏見工業。「スクール・ウォーズ」をテレビドラマで観た世代の1人としては、その姿を見るだけで血が騒ぐ。だからと言って、実際に京都大会を生で観ることはなかったけれども、その伏見工業を2年連続で下した京都成章はどんなチームなのだろうか。去年がベスト4ならば今年も期待できる。それがベスト8に残ると思った単純な理由だった。

 予想通りにベスト8に進出。しかし、京都成章はノーシードだった。仙台育英(宮城)、大分舞鶴(大分)とシード校を次々と撃破したと報道で知った。ラグビーは野球と違って波乱が起きにくいスポーツなので、本当はもっと早くに負ける可能性もあった。準々決勝の相手は、御所実(奈良)。昨年は準決勝で0-3で負けている。これは何かの縁だと花園へと出かけていった。

 伏見工業と違い、京都成章は青と黄のジャージでなんとなくユーモラスだった。得意げにカメラを取り出して写真を撮るのだが…。実はラグビーは写真撮影が禁止となっている。それを一昨年に知った。いつからそういう風になったのかわからないが、アマチュアイズムや肖像権の問題とやらで「300ミリレンズや望遠レンズでの撮影は行わないでください」というアナウンスがハーフタイムに流れる。準々決勝のときはそのことを知らぬふりをした。ハーフタイムの5分間にサイドチェンジがあり、放送は聞き逃していて確認を怠った。気づきもしなかった。そして、やっぱりこれはまずいのかなと思い、準決勝のときそれらしき表示物を探してみた。チケットにはそのことが書かれていない。

 罰則は別にないだろう。準決勝のハーフタイムに耳を澄ませてみれば、「観客席では…」ということで、北側のゴール付近は観客席とは言い難い、と勝手に解釈してみた。周りを見渡しても望遠レンズで撮影する人が多少いるし、準々決勝で警備員に撮影しているところを見られて目が合っても何も言われなかったから別にいいだろう、と撮影は続行した。ラグビーは撮影が禁止と言われても、注意されないとわからない自分も問題である。ただ、言い訳として、これは全国大会の準々決勝や準決勝なのであって、高校ラガーマンを撮りたい、撮ってあげたい気持ちが勝ってしまっていた。どんな理屈があって撮影を禁止しているのかを公言してほしいところだが、思いつくところ、ラグビーというスポーツの荒々しさを懸念材料にしているのかとも思われる。

 結局、よくわからないまま半信半疑のふりをして撮影を続け、多少の罪悪感を持ちながらグラウンドを後にした。野球であれば、プロでない限りそのようなことが禁止にはされない。これまでに注意を受けたこともない。だから、家に帰って自分が思う、とびきりの写真をHPやブログに掲載しても問題にならない。そして、これがまたむしろ選手や父兄に喜ばれる。結果的に悪意を持った写真を掲載するわけではあるまいし、打って走って喜ぶ写真や敗れて泣き崩れる写真を掲載しても、スポーツはそういうものだというのがみんな共通の認識だからクレームも今までない。

 準々決勝で京都成章は御所実(奈良)に昨年のリベンジを果たし、ノーシードからの2年連続4強は大会史上初だった。一方、準決勝では東福岡に、準決勝としては史上最多失点を記録して敗れたものの、堂々の結果と言えるだろう。プレーには何の問題もないのだが、そのいかがわしさを伴うが、ラグビーの臨場感を伝えられる写真が今ここにあって、みなさんにもお見せしたいのだが…。京都成章に迷惑を掛けるわけにもいかないし…。他のHPやブログでもラグビーの情報は極端に少ない。写真はなお少ない。どんなにいい写真を撮っても望遠レンズを使った写真ではコンテストにも応募できないという状況(もちろん撮影自体がいけないのだが)を、ラグビー関係者は損をしていると思わないのだろうか。こんなブログでもラグビーの情報を出せば、野球好きの人でも多少興味を持っていただくことはできそうだし、野球とラグビーは似ているという説もあるのだが。

 ネットサーフィンをしていると、とあるラグビー部がこの先の撮影禁止及びネット公開禁止したことを理由にHP自体を辞めている人がいた。また別サイトで、入場券の裏に撮影禁止と明記されている理由について、本名を公開して説明を求めたが、返事がなかったとある(後から三脚と望遠付きが観客の邪魔になる行為がいけない。デジカメを個人が使う分には構わないという回答があった)。いずれも社会人や大学の話だが、これではラグビーを真剣に愛している上に、写真や文章を使ってネットで記事を公開することが好きな人たちが浮かばれない。また、その理由が利権の問題であれば言いにくい事柄ではあるが、納得のいく説明をするべきではないか。せっかくラグビーを好きになりつつある私もこういうことを知ると興ざめする想いだし、もったいないと思う。

 とにかく高校日本代表候補8人を抱えた東福岡に対し、後半ロスタイムに京都成章が最後の力を振り絞ってトライをあげたシーンをお見せできないのが残念である。それにしても東福岡は強かった。動きが違った。ラグビーに詳しくない私でもその非凡さを感じた。そして、一昨年の伏見工業に続き京都成章も、またしても東福岡の、その牙城の前に崩れ去ることになってしまった。

 …しかし、やはりいけないと思いつつ自分が抑えられない。ラグビー協会に抗議する意味も含めた上で、こんな病気なのをお許しいただきたい。そして、どのようにすれば、この問題が解決に向かうか、いい方向に向かうように少しばかりの抵抗をしてみたいと思う。この写真にはそんな意味が含まれている。しかし、ラグビーファンを育てるつもりが、全く違う悪い方向にだけ導いてしまうということはないだろうに。その辺も過去にどんな問題が出てきたのか、ルールを守ればいいのならば、それを示すべきだと思う。ラグビーの楽しさを正しく伝えられる人もいるに違いないのだから。




※第89回全国高校ラグビー大会(毎日新聞社、日本ラグビー協会、全国高体連、大阪府、同教委主催)は、明日1月7日に決勝が行われ、京都成章を下した10大会連続20度目出場の東福岡(福岡)は、5大会連続9度目出場の桐蔭学園(神奈川)とAシード校同士での対戦が実現する。東福岡は2大会ぶり2回目、桐蔭学園は初の高校王座を目指す。昨春の全国選抜大会とのシーズン2冠を狙う東福岡は今季の公式戦で無敗を続けている。


(参考HP)

KOBELCOスポーツスペシャル 第89回全国高校ラグビー大会

毎日新聞

サンケイスポーツ

J SPORTS

日本ラグビーフットボール協会

関西ラグビーフットボール協会

全国高体連ラグビー専門部

全国高等学校ラグビーフットボール大会

2年連続大吉の年男と京都アマチュア野球界に未来を!!

明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!



「京都アマチュア野球だより」 若林千尋




 今年は寅年で、私は年男であります。最近占いやおみくじ、運勢などにやたらと興味があるのですが、神社にお参りに行っておみくじを引いたら、なんと2年連続の大吉!一体何が起きているのでしょうか。自分が怖い。何がどう大吉なのかわかりませんが、こんなこともあまりないのかとその確率のことを考えてみたりする今日この頃です。しかし、大吉はかなりたくさん入っているという情報もあり、そんなに喜ぶのもおかしいのかと、もう一度他の神社に行ってまたもおみくじを引いてみました。すると、なんと凶。やっぱりなあと思いつつ、でも凶もなかなか出るものではないはずと思い、なんか強運なのかなあと勝手に思ったりもしています。運の強さに自信はありませんが、せめて京都のアマチュア野球界がさらに盛り上がっていくことを期待したいと思います。さらに言えば、チームも選手も活躍してほしい。


 簡単に振り返りますと、去年の京都勢の全国大会での活躍は超微妙でした。

 高校は、センバツで福知山成美が初戦で国士舘を5-3(延長15回)で下したものの、2回戦で優勝した清峰に0-1で惜敗。夏は龍谷大平安が初戦で優勝した中京大中京に1-5で敗退しました。軟式は東山が夏4強、国体で優勝。

 大学は、佛教大が全日本大学野球選手権で中京大戦を3-0で退け、9年ぶりに初戦突破したものの、2回戦で準優勝した富士大に2-3で惜敗。龍谷大も初戦で日本文理大に1-6で敗れました。明治神宮大会は佛教大が4強進出。しかし、優勝した立正大に0-4で完敗しました。

 また、社会人は都市対抗で日本新薬が初戦で三菱重工長崎に4-3とサヨナラ勝ちし、4年ぶりの初戦突破を果たしましたが、2回戦では準優勝したトヨタ自動車に2-17で大敗。日本選手権では初戦で準優勝したホンダ(都市対抗優勝)に0-1で惜敗しました。


 この結果をどう見るのか。超微妙ですが、今年はいける予感がしませんか?去年は京都の高校、大学、社会人が全て優勝、準優勝したチームに全国大会で負けています。こんなことってあったのかな?全ての部門で敗れたにせよ、全国レベルのチームと接戦ができているのが頼もしい限りです。全国大会での上位進出が期待できますよね。さらに、今年は女子プロ野球チームが京都に誕生。プロ野球の巨人戦(公式戦)も京都で開催されます。さあ、皆さん、今春改修される「わかさスタジアム京都」へ。是非とも足をお運びください。


 さて、私自身のことですが、実はドリコムブログが運営をやめるそうで、2010年3月末をもって自動的にlivedoor Blogへ移ることとなりました。しかし、「京都アマチュア野球だより」がこのまま移っていいのかどうか只今検討中でございます。このブログもはじまって3年半。ひとつの節目となります。途中ドリコムの運営にいささか疑問を感じ、嫌気がさした時期もありましたが、そのあいまいさに魅力を感じていたのも否めないのであります。アクセスは多いに越したことはないけども、より野球が好きな人からの訪問を実現してくれたのも事実です。なぜヤフーや楽天ではなく、ドリコムを選んだのかというのも本社が京都にあるからだったんですけどもね。これから先のことはまだ未定ですが、よろしくお願い申し上げます。

 今年のテーマは「アホになる」ですかね。馬鹿になってはじめて何かが見えてくるような気もしますし、がむしゃらにやっていかなあかんなとも思います。寅年の性格や運勢も見てみましたが、当たってるところもあるし、だからと言って無茶もできん年齢にもなりつつあるし。ああ、どうしよう。かっこつけても仕方がないし、弱音でも吐いてみるかと思っています。しかし、つくづくこれをやっていて思うのは、スポーツライターは「占い師」でないといけないと思うことですが。あの高校が、あの大学が全国大会で優勝するとわかっていればいいなあと。まあ、わからないから面白いものでもありますが、本当は「だから言ったやろ!」と言いたいのです。またそれができないから球場に通うのですが、その中で面白いことや有望なチームや選手のこと、物語を探す作業をしているに過ぎません。行き当たりばったりでいくしかないけど、何かいい方法ないやろうかといつも思っているんですね。今年は人脈も広げて、みなさんがびっくりするような話を紹介できればと思います。写真はほどほどに。

2009年京都社会人野球ベストナイン

■日本新薬から6選手  2009年京都社会人野球ベストナイン 

 京都府野球連盟と京都新聞社は4日までに、本年度の京都社会人野球ベストナインを選んだ。都市対抗大会と日本選手権に出場した日本新薬から最多の6人が選ばれた。

 最多受賞は日本新薬の藤谷大樹一塁手が6年連続8度目。初受賞は八木慎二塁手(島津製作所)ら3人だった。新人賞は都市対抗で4年ぶりの初戦突破に貢献した滝谷陣投手(日本新薬)。表彰式は9日に行われた。受賞者は次のみなさん。



▽投 手 田中 大介 (日本新薬) 2年ぶり3回目
▽捕 手 堂前 篤史 (日本新薬) 2年ぶり3回目
▽一塁手 藤谷 大樹 (日本新薬) 6年連続8回目
▽二塁手 八木 慎  (島津製作所)初受賞
▽三塁手 松山 家己 (ニチダイ) 初受賞
▽遊撃手 高島 佑介 (ニチダイ) 2年連続3(?)回目
▽外野手 森川 欽太 (日本新薬) 2年連続2回目
▽外野手 小林 世拓 (日本新薬) 2年連続5回目
▽外野手 山口 慶彦 (島津製作所)2年ぶり2回目
▽指名打者 箸尾谷 英樹(日本新薬) 初受賞

▽新人賞 滝谷 陣(投手、日本新薬)




■日本新薬は4人、ニチダイ3人  2008年京都社会人野球ベストナイン

▽投 手 村田 智徳 (日本新薬) 初受賞
▽捕 手 東向 勇樹 (ニチダイ)
▽一塁手 藤谷 大樹 (日本新薬) 5年連続7回目 ←今季通算打率.462
▽二塁手 岩村 将悟 (京都ファイアーバーズ)
▽三塁手 前川 宏文 (Ritsベースボールクラブ) 三菱自動車京都から移籍後初受賞
▽遊撃手 高島 佑介 (ニチダイ)
▽左翼手 奥脇 佳宣 (ニチダイ)
▽中堅手 小林 世拓 (日本新薬)
▽右翼手 森川 欽太 (日本新薬)
▽指名打者 山中 憲彦 (京都ファイアーバーズ)

▽新人賞 釜谷 充 (三塁手、日本新薬)



2007年以前の京都社会人野球ベストナイン受賞者

2009年滋賀社会人野球ベストナイン

■OBC高島から7選手  2009年滋賀社会人野球ベストナイン

 滋賀県野球連盟と京都新聞社は10日までに、本年度の滋賀県社会人野球ベストナインを選んだ。指名打者を含めた10人のうち、OBC高島勢が最多の7人を占めた。

 中村光佑三塁手(OBC高島)は3度目の受賞で、初受賞は吹石泰隆投手(OBC高島)ら8人を数えた。新人賞は全大津野球団の浅井邦雄投手。日本選手権に初出場するなどシーズンを通じて活躍したOBC高島に特別賞が贈られた。

 表彰式は20日、大津市内のホテルで行われた。受賞者は次のみなさん。



▽投 手 吹石 泰隆 (OBC高島)
▽捕 手 本田 雅輝 (OBC高島)
▽一塁手 福田 佳三 (OBC高島)
▽二塁手 吉永 将人 (OBC高島)
▽三塁手 中村 光佑 (OBC高島) 3年連続3回目
▽遊撃手 江口 智紀 (近江八幡ク)
▽外野手 木原 隆介 (甲賀健康医療専門学校)
▽外野手 浅野 稔 (OBC高島)
▽外野手 川村 誠 (OBC高島) 2年連続2回目
▽指名打者 射場 和成(全大津野球団)

▽新人賞 浅井 邦雄(全大津野球団)
▽敢闘賞 鳥井 郁弥、藤岡 拓也(甲賀健康医療専門学校)、毛利 好宏(近江八幡ク)

▽特別賞 OBC高島




■OBC高島から7人  2008年滋賀社会人野球ベストナイン

▽投 手 安田 恵隆(OBC高島) 初受賞
▽捕 手 納谷 嶺太(甲賀健康医療専門学校) 初受賞
▽一塁手 三上 幸二郎(OBC高島) 2年連続
▽二塁手 本庄 竜也(甲賀健康医療専門学校) 初受賞
▽三塁手 中村 光佑(OBC高島) 2年連続2回目
▽遊撃手 川口 隼人(OBC高島) 初受賞
▽外野手 谷内 聖樹(全大津野球団) 初受賞
▽外野手 岡田 宣行(OBC高島) 初受賞
▽外野手 宮田 佳 (OBC高島) 初受賞
▽指名打者 川村 誠(OBC高島) 初受賞

▽新人賞 鳥井 郁弥(甲賀健康医療専門学校)
▽敢闘賞 安井 俊裕(瀬田クラブ)、吉田 雄樹(全大津野球団)、林 賢太郎(甲賀健康医療専門学校)
▽特別賞 宮田 和希(甲賀健康医療専門学校) ←埼玉西武ドラフト6位指名



2007年以前の滋賀社会人野球ベストナイン受賞者

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.1

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.1

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東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) 1991年(平成3年)9月14日生まれ(18歳)

170cm 75kg 右投げ右打ち O型 背番号2

50メートル走6秒7 遠投95メートル

神戸出身、亀岡市在住



第54回全国高校軟式野球選手権大会にて、同校3度目の出場で初のベスト4に進出。「このメンバーが誰ひとり欠けてもここまで勝ち上がれなかった。最高でした」と主将の牧はすがすがしい表情で言った、と報道される。新潟県で開催された「第64回トキめき新潟国体」では、決勝で神戸弘陵(兵庫)を5-1で破り、チームを初優勝に導いた。そして、京都府高校野球連盟から2009年度(平成21年度)優秀選手として特別表彰(軟式の部)を受けた。来年4月から同志社大に進学し、準硬式野球部に入部予定。


※インタビューは12月11日に行いました。お忙しい中、東山高軟式野球部・西川弘基監督にも付き添って頂きました。


―よろしくお願いします。中学はどちらですか?

よろしくお願いします。亀岡市の東輝中学校出身です。


―野球部に入っておられたのですか?

はい。…それと軟式野球チームにも入っていました。


―ええっ?!どういうことですか?

中学の軟式野球部に入りつつ、軟式少年野球チームの「亀岡イースタン」の中学の部でもやっていました。


―…どちらも入っていたということですか?

はい。亀岡市では普通にみんなそうしています。


―…驚きですね(笑)。珍しいですね(笑)。

「亀岡イースタン」は小学校から中学校までずっとで、東輝中学校では入学して野球部に入っていました。


―練習は重なったりしないのですか?

中学は平日が練習、土曜日は午前中だけで日曜日は休みでした。イースタンは土曜日の午後からと日曜日が練習だったので全然問題なかったです。亀岡人は部(中学野球部)とクラブ(少年野球中学の部)を両立する人が大半です。


―面白すぎますね(笑)。そんなことがあるんですね。中学生で硬式のクラブチームに入っている人は、学校では陸上部に入ったりすることが多いですが、軟式プラス軟式というのは聞いたことがなかったです。

友達が敵や味方になったりすることもありますが(苦笑)。試合が重ならないように日程が組まれています。中体連と少年野球連盟の違いはありますが、亀岡は軟式がとにかく盛んな地域です。かといって、野球に力を入れているわけではないですが。この夏、龍谷大平安高で甲子園でスコアラーをしていた井上君は中学は違うけど、少年野球(亀岡イースタン)では一緒にやっていました。


―「少年野球」という言い方がおかしいですね(笑)。

ボールは大会によってマルエスとケンコーと違うこともあったりするのですが(苦笑)。サイズの問題でマルエスが少し大きかったです。それにボールも入れ替えの時期でした。


―そう言えば、ボールも3年くらい前に「よく飛ぶボール」に変わりましたね。バットも飛距離が出る「ビヨンドマックス」が草野球では流行り、僕も使ったことがあります。

よく飛びました(笑)。中学ではどちらのチームでも使えました。が、高校では使えませんでした。高野連では禁止です。


0-0のゲームが多いので社会人のB級やC級で「ビヨンドマックス」がよく使われたと聞きます。でも、その分ピッチャーのレベルが上がったという恩恵も受けました。最近では高校生で、中京高(岐阜)の伊藤君のように142~143キロを投げる軟式の投手もいました。昔は130キロでも十分速い方でした。「ビヨンドマックス」の使用は、中体連がもうすぐやめるかもしれないと何年か前に聞いた覚えがあります。今はちょっとどうだったかわかりませんが。…電話で聞いてみましょうか?(西川監督談)


―いや、大丈夫です(苦笑)。いいです、いいです。すみませんでした。

中京の伊藤さんの話は今でもよく聞きます。

※中体連の全国大会では、2007年7月から「ビヨンドマックス」の使用が禁止になった。


―牧さんは、中学時代はどちらのチームでもキャッチャーでレギュラーだったのですか?打順は?チームの成績はどうでしたか?

そうですね。打順は3番か5番でした。中学の時はあんまりいい成績は残りませんでしたけど、野球部ではキャプテンでした。小学校でもキャプテンで夏の全京都大会でベスト16に入りました。


―少年野球で全京都ベスト16はすごいですね。

それで、高円宮賜杯(マクドナルドカップ)で準優勝して、JR西日本大会に出場したのですが、2回戦で敗退しました。


―お父さんが監督だったりしましたか?ご兄弟は?

いえ、小学校も少年野球もコーチでした。でも、手伝いをしている感じで野球に詳しいわけではありません。3人兄弟で兄が2人いますが、年齢が離れていて、一番上が11歳、次が9歳違います。2番目の兄は兵庫県で今年久々に甲子園に出た野球部でしたけど。


―同年代で今も野球で活躍している人はいますか?

これはアピールなんですけども(笑)、小学校の時、京都代表に選ばれました。「JAPAN京都隊」というのですが、京都から集まった40人が3~4チームを作ってハワイで日米親善野球大会の試合をします。そのときが第1回大会だったんです。チームメイトにはさっきも言っていた平安の井上君、鳥羽の小林君、外大西の西廣君がいました。あと九州国際大付属で甲子園に出場して、今夏3番を打っていた國枝君がいたのですが、彼はケガで行けませんでした。他にも明徳義塾の加藤君がいたり、技術的にはすごい学年だったと思います。


―京都学園の高橋君は知っていますか?

彼は小学校のときは世界大会の選抜に選ばれていましたね。


つづくvol.2へ

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.2

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.2

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―そして、東山高に入学されます。印象はありましたか?

男子校だというイメージくらいで(笑)。軟式があるのも知りませんでした。


―最初は硬式野球部に入っておられたと聞きました。

はい。当時は尾迫監督の1年目でした。国語の先生なんですが、野球がすごくうまくて。佛教大時代は京滋大学野球リーグで4年のときに右打者で首位打者を獲って、遊撃手でベストナインに選ばれ、最優秀選手賞で表彰されたそうです。


その時代は神宮で活躍した近大の黄金期でした。二岡(広陵―日ハム)、藤井(近大附属―近鉄、楽天)、宇高(PL学園―近鉄―横浜、引退)がいて強かったです。尾迫監督は岡島さん(巨人―日ハム―レッドソックス)が3年のときの1年生で、ソフトバンクの斉藤さん(南京都)と同期ですね。(西川監督談)

※1997年に近大は史上初のアマチュア五冠を達成した。(関西学生春のリーグ戦、秋のリーグ戦、全日本大学野球選手権、明治神宮大会、社会人選手権優勝チームとの全日本アマチュア野球王座決定戦の五大会で優勝)


―1年夏の東山の戦績は?

ベスト16で南丹に負けました。西京極ではスタンドで応援していました。


―いつ頃退部されたのですか?

10月頃です。色々あって…。ずっと軟式に行きたかったです。一歩を踏み出すタイミングだけでした。


―硬式から軟式野球部に入るのに抵抗はなかったですか?

同じクラスだった軟式野球部の杉本君(京都ファイアーバーズ)が親しみやすくて仲が良かったのですが、軟式野球部のことをよく話してくれて…。やりたくない野球をやっていても面白くないし…。思い切って親に話してみました。


―硬式の東山は楽しくできませんでしたか?

入学したての1年春は府大会で準優勝でした。立命館が優勝だったのですが、応援するのが好きで、その大会はむっちゃ楽しかったです。でも、決勝で大敗してしまったのです。…それからちょっとずつ意識も変わってきて…。


―どう変わってきたのですか?

…野球に対する厳しさならよかったのですが、そうではなかったので。


―良かったら話してくれませんか?

…辞める直前のことなんですが、新チームが始まって1年対2年で紅白戦をしたのです。そしたら1年が勝ってしまって…。みんないいプレーしたのです。


―なるほど。それで何かあったわけですか?

…別に暴力があったわけではないですけれども、活躍した人が集められたりして…。いい人もいるがひねくれた人もいましたね。


―……書いてもいいですか?

はい、むしろ書いてもらいたいくらいです。そのために言うのですから。


―わかりました。いじめではないけど不本意だったということですね。

はい、そんな感じです。先輩が厳しいのは当たり前やけど、何か違うやろと…。それが主な理由です。


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―いつ軟式野球部に?

10月からです。硬式とは雰囲気が違って、純粋に楽しかったです。毎年2、3人くらい硬式から軟式へ移っているようですし、あまり抵抗もなかったし、あまり変わらなかったです。割とみんなと仲がよかったですし。自然な流れとも思います。でも、硬式をやっていなかったら、今の自分はないと。


―硬式で仲の良かった人は?

主将の吉田君とは仲が良くてよくしゃべる関係でした。


―硬式でどんなことを学びましたか?

基礎練習ですね。キャッチボールのやり方など、一から硬式で教えてもらって、キャッチャーのことや技術面でも知らなかったことを教えてもらいました。


―例えばどんなことですか?

配球やピッチャーの考え、試合展開のことですが、それまであまり考えたことがなかったです。


―もう少し詳しくお願いします。

配球ではカウントの作り方です。バッターが上位なのかクリーンアップなのかなど、状況に応じて変えることの大事さです。それは軟式でも同じです。そういうことを覚えようと思ったきっかけになりました。


―そこにおられるので恥ずかしいかもしれませんが、西川監督と出会って高校での軟式が始まるわけですね?

西川先生は31歳で、選手目線で考えてくださるし、考え方も若いので僕らもやりやすいです。とにかく何でも話をしています。


―硬式の尾迫監督は32歳ですよね?

硬式は100人くらいいますし、レギュラーの方にいることが多かったから関わりがなかったです。だから監督の考えも1年だったのでわかりにくかったという気がします。

―軟式野球部は何人くらいですか?

1年から3年までで夏前の時期で20人くらいです。だから、西川監督も一人ひとりに気を配れるし、野球から離れても歳が近いので話も聞いてくれます。もちろん野球の時は一線を引くけじめはがっちりつけていますが。エースの森本とのコミュニケーションの取り方など軟式をやっていないとわからないことを教えてもらいました。


―西川先生は社会や体育の先生なのですか?

いえ、他の仕事をもっておられます。東山軟式野球部のOBなのですが、仕事が終わってから練習に来てくださっているので頼もしいです。

―他に指導して下さるのですか?

坪井部長ですね。西川先生に比べると来られませんが、数学の先生で監督の同い年です。仲はいいですけど、二人が敬語で話しているので面白いです(笑)。やっぱりタメ口で話そうか、ということになったらしいですが、やっぱり違うかったみたいで一日で戻りました(笑)。


つづくvol.3へ

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.3

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.3

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―軟式に移られて初めての大会は1年秋ですが、出場はなかったですよね?

はい。まだ硬式だった時に、軟式は府大会で優勝したので近畿大会を観に行きました。


―それでは、2年春から試合に出るようになりましたか?

はい、出るようになりました。府大会で準優勝(優勝は龍谷大平安)して近畿大会(明石球場)に出場しました。1回戦は神戸弘陵(兵庫)に勝ちましたが、2回戦で耐久(和歌山)に負けました。


―2年夏や秋はどうでしたか?秋は3年連続11回目の府大会優勝でしたが。

夏は府大会で優勝して、近畿大会の初戦で比叡山(滋賀)に負けてしまいました。秋も府大会決勝で立命館を1-0で下して優勝したのですが、近畿大会初戦で耐久(和歌山)に負けました。聞いてほしいのですが、その年に近畿大会で耐久に負けた2試合はどちらもエラー数で勝敗が決まったのです!…エラー数で決めるっておかしいなあと思っていました。エラーしている数が多いのに点が同じということは、抑えているということですよね?!…今年からその決め方はなくなったのですけども。すごく悔しい思いをしました。


―…そう言われるとそうですね。面白い考え方です(笑)。エラーが多くても点を取られなかったらいいわけですからね(笑)。それでは、2年春からレギュラー(正捕手)だったのですね。すぐレギュラーになれましたか?

僕が軟式に入る前は、チームにキャッチャーがいない状態だったので、外野手の先輩がキャッチャーをしていました。でも、僕が入って外野にまた戻されたという形になります。打順は3番とか6番でした。


―エースの森本投手も途中入部だったと聞きましたが。硬式野球部に入部されていたのですか?

硬式には入部していません。練習は観に行ったそうですが、あまり面白そうじゃなかったようで、軟式の先輩に「一緒にやらないか」と誘われて、僕の入るちょっと前に入ったらしいです。そして、1年秋から投げていました。


―3年春は?

府大会で優勝して近畿大会(橿原球場)に出場することが決まっていましたが、新型インフルエンザの影響で大会がなくなってしまいました。それで、出場記念としてペンをもらいました(苦笑)。


―そして、3年夏を迎えます。チームとしての手応えはありましたか?

もちろん、ありました。冬に走り込みをしていました。僕個人で練習以外でずっと走っていたのですが、「俺も俺も」と他の部員もそうしていたようで、今までにないみんなの本気さを感じて、キャプテンとしてとても嬉しかったです。それに、みんなと仲がいいので色んな意見交換ができたと思います。秋はチームを引っ張っている感じがありましたが、春・夏になると誰がキャプテンでもおかしくないくらいでした。


―仲が良いというのはいいことですね。

でも、仲がいい反面どうしてもきつく言えなくなることがあって…。去年まではみんな仲が良すぎて言い切れなくて、詰めないといけないところを詰め切れなくて…それで2年夏は負けたと思います。


―今年の3年生のチームは違っていた。

今年はプライベートは別でした。野球をする時は全員がライバルで、高め合っていかなければいけません。3年生がチームみんなに全員に意見を言ったり、注意をしたり、そういうのがすごく助かりました。チームがとてもよくまとまっていました。


―冬に走りこんだ話をもっと聞かせてください。

どこの高校よりも冬によく走りました。夏前もです。走るメニューが多かったです。冬のメニューは大外を3キロ走って、山へ行って坂道50メートルを10本。グラウンドに帰ってきて1500メートル走って、2人1組でトラック1周300メートルを1人150メートル半周走ってタッチして、もう1人が残り半周走るというのを10本走りました。ストップウォッチでタイムも計ります。それから室内でボールを等間隔に5個置いて1個目まで行って帰る。2個目まで行って帰る…というのを15本走って、横を向いて5メートル走ってタッチしてダッシュで戻るというのを5種目終わると次の人がするというように、それを10~15本するというような…。


―それぐらいでいいです(笑)。山科でも室内はあったのですか?

東山はグラウンド、室内に恵まれていて、山科は室内が広かったです。硬式がグラウンドを使う時、軟式は室内で練習できない日はなかったので。


―練習は遅くまでしていましたか?

普通は16時~21時ぐらいでした。グラウンドを出るのが最後で、硬式よりも軟式がむしろ長い感じでした。今は新しい醍醐グラウンドで練習しているようですが、残念ながらここの室内ではノックやバッティングができないので、前の方がよかったと思います。それに施設の利用時間というか練習時間が決まっているのであまり練習できないので。


―色んな所に遠征することは多いのですか?

全国大会出場が目標なので、泊まりで岐阜の中京には毎年練習試合で行きます。他に和歌山の新宮にも行きます。運転手さんがスクールバスで送ってくれたり、マイクロバスを頼んだりします。


―軟式でも年末年始以外、練習や試合という感じなのでしょうか?

そうですね。ほぼそんな感じです。木曜日はグラウンドが軟式は使えないのでオフなのですが、学校で走りますので。



―かなり脱線しましたが、いよいよ3年夏です。全国大会の準決勝で延長24回の激闘がありましたが、京都大会はどうでしたか?

3年夏はシード校でしたので初戦が準決勝の龍谷大平安戦でした。その試合が延長15回で1-0という厳しい試合でした。そして決勝の立命館戦がまたそれよりも厳しくて…。3点差で最終回を迎えていました。9回2死満塁までいって、そこで五月女が右中間に走者一掃の同点ツーベースを打ってくれたのです。それで息を吹き返し、延長で勝ちました。僕が四球で出て送りバント。暴投、暴投で1点取った後、新谷がタイムリーで5-3でした。冬の差が出たと思いました。


―夏の府大会で優勝し、近畿大会に進出します。

近畿大会は大阪、兵庫はチーム数が多いので全国に直結していますが、京都は奈良、滋賀、和歌山と代表権をかけて戦います。


―どこの県が軟式が強いとかあるのですか?京都では苦しんでも紀三井寺で行われた近畿大会での大津商戦や天理戦はいずれも完封勝ちでしたが、余裕がありましたか。

いや、特にありません。いつも接戦ばかりでそんなに余裕がないですし、軟式は点が取れないので。


―硬式と軟式で戦い方が違いますね。どんな違いがありますか?

そうですね。三塁ランナーがスタートを切って、バッターはゴロを打つ「タタキ」があります。ゴロを打つとよく跳ねる(弾む)のでそれを望むところがあります。また、打球が飛ばないのでタッチアップはほとんどありません。


つづくvol.4へ

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.4

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.4

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―あとは軟式では投手力が命のところがありますね。森本投手はどんな投手ですか?球種は2、3種類ぐらいですか?

森本の球種はスライダー、縦スラ、カーブ、シュート、ツーシーム、フォーク、チェンジアップ、シンカーです(笑)。


―ええっ?!そんなに多いのですか?全部使いますか?

そんなにいらないけど、全部使っていました(笑)。その日によって調子のいい球種を、試合前に話し合って選択していました。でも、森本はまっすぐをどう生かすかだったので、変化球はボールでもいいのです。


―直球のMAXはどれくらいですか?

136キロぐらいです。もうとにかく野球が一番うまいです。軟式のレベルじゃないし、チームどころかずば抜けています。大学でもバッテリーを組みたかったし、あんな楽なピッチャーはいないですね。森本の球を受け続けたかったです。


―牧さんは、同志社大で準硬式をされるそうですね。森本さんは関大で準硬式をされるかもしれないと聞いています。

そうですね。合格しました。本当は軟式が好きなので軟式がやりたいですけども、推薦では準硬式しかなかったので。勉強はあまり好きじゃないから同志社大は不安なところもありますが、野球しかないという気持ちでもあります。森本は硬式に行くことはなさそうなので、準硬式ならもしかしたら大学では試合をやるかもしれませんけども。


―準硬式や軟式をやっていたら、プロにはほぼ結びつきませんが、そのことについてはどうお考えですか?

プロには一切興味がないので。野球が好きですから野球には一生携わっていきたいとは思いますが。好きなことをやることはいいことだと思っています。


―高校の先輩でも、軟式から硬式を握っている人はいるのですか?

はい、活躍は聞きませんが、大学から硬式を握る人はいます。


―森本投手の球はどんな感じなのですか?

受けるのは慣れているので得意ですが、打席に入るのは勘弁してほしいというか、怖いくらいです。みんなよく打てるなあと思いますし、負けるわけないと思います。実際負けることもあるのですが(苦笑)。


―受けることはできても、バッターボックスでは怖い、ですか?

バッターボックスではキャッチャーよりも一歩前だから、その差がすごいあると思います。僕は打てた試しがないです(苦笑)。ヒットを打ったことがないし、無理です(笑)。味方でよかったし、ちょっと敵じゃなくてよかったです。練習では森本の球を受けられる人がいなくて、僕と普段はファーストを守っている五月女くらいです。二人以外は無理でした。よくこの球が捕れるなあと自分では思います(笑)。


―森本投手の球はどうすごいのですか?

「手が痛くないか?」と他のチームの人に言われます。球が浮き上がるというか速いだけじゃなくてのびがあるらしいです。


―軟式は打撃が難しいと思いますが、通算打率はどれくらいかわかりますか?ホームランを打ったことは?

そうですね、…通算2割くらいじゃないでしょうか?4番の森本が出塁するから進塁打を打つことが多かったですけれども。4打数3安打が1回、3打数3安打が2回くらいで、高校通算本塁打は0です。


―へえ~、それは硬式ではないことですね。レギュラーでクリーンアップなら1本くらいはありそうです。

森本が練習試合で1本、他に2年生の内藤が1本くらいで3本打ってる人もいないです。5本打ったことがある選手が全国にいるかもしれませんが、聞かないですね。軟式の面白さはロースコアにあると思います。簡単に打てないし、ヒットにもなりません。でも、硬式ではありえない当たりがヒットになるのが面白いのです。


―へえ~、4番の森本さんでもそうなんですか?

森本は投手としても超一級品ですが、打者としても全国屈指のバッターだと思います。バッティングも相当やばいです。どこに投げても打たれる気がするし、もしかしたら3割打ってるんじゃないですかね。小さいし、しゃべっててもそんな雰囲気はないのですが、あんなやつみたことがないし、金輪際会わないかもしれないです(笑)。


―べた褒めですね(笑)。そんなにすごいと言える仲間がいて素晴らしいです。それでは滅多に二桁安打はないということですか?

3年夏の近畿大会、天理戦では15安打でしたが、地味なヒットや内野安打、ポテンヒットでした。二桁はほとんどありません。でも、ノーヒットノーランをされることもないです。


―さて、近畿大会を優勝し、東山は20年ぶり3回目の夏の全国大会に進出しました。明石公園野球場で1回戦に松商学園(北信越)を3-0で下してベスト8に進出されます。そして準々決勝で神戸弘陵(兵庫)と対戦しました。この試合が延長24回という壮絶な激闘でした。

はい。一日目は延長15回で規定によりサスペンデッドゲーム(一時停止試合)になって、二日目は続き(継続試合)をしました。結果延長24回で1-0でサヨナラ勝ちしました。


―なぜこんなに長い試合になったと思いますか?

神戸弘陵はチームがまとまっていたし、野球のスタイルも似ていました。どちらも作戦がわかるから点が入らずずっと続きました。ピンチとチャンスがずっと繰り返しで、終盤になればなるほどそんな感じでした。いつ終わるのかなあ、と思いましたが、終わってしまえばもっとやりたかったです。


―相手の橋本投手は3連投で、最後は24回一死満塁からこの回4つ目の四球が押し出し四球となったそうですね。この試合では334球目でした。試合時間は2日間合わせてどれくらいでしたか?

5時間くらいですかね。24回やってよかったと思います。どちらも最後は気力の勝負になりましたが、冬に走ったその成果が出たと思いました。守って守ってがチームのスタイルですが、あんな試合でしかも勝てて、チームが完成したと言っていいと思います。


―残念ながら、次の準決勝、初出場の名城大附属戦では2-4で負けてしまいました。相手の小林投手は初戦の初芝富田林戦で史上初の完全試合(88球)を達成しましたね。森本投手は延長24回の2日間で計282球(23奪三振)を投げた次の試合のことでした。2回に3失策して3失点が痛かったですね。

あの試合はもう満身創痍で…。森本がボロボロで、どこまで投げられるかという状態でした。ちょっとでもダメなら全員絶好調でもダメでした。本当はそれではいけないことですが。


―結局、森本投手は4連投で588球を投げて力尽きた。「一球一球がいい思い出でした」という報道でした。大会中の34回連続無失点というのはすごいです。残念な結果でしたが、大会中はどんな生活でしたか?大会日程は硬式と比べると短いですけれども何か印象に残ったことは?

21時消灯で、晩御飯を食べたら1時間フリーですけれども、どこにも行けないですし、試合のことしか印象には残っていませんね。


―準決勝の試合が終わったときはどんな気持ちでしたか?

全国大会に行って目標は達成されたので、泣かないと思っていたのですが、負けるとやっぱり悔しかったです。欲が出て勝ちたい気持ちが強くなったから最後はみんな泣いていました。中でも森本が一番悔しかったはずです。府大会決勝で立命館に3点差をつけられていたときも泣いていましたから。9回表に同点に追いついてからやっと本来のピッチングが冴えてきました。


―延長24回の試合は、軟式では歴代3番目に長い試合だったと報道されています。

延長24回を戦って、最後は本当に敵、味方が関係なかったです。相手ピッチャーの橋本に、ここまで来ると、しゃべる機会があったら「ガンバレ!」と言おうと思っていました。野球の試合だけれど、それだけじゃないなあと思いました。1日目の15回が終わって、次の日試合をやるのが嫌なくらいに緊張しました。でも最終的には純粋に楽しくてずっと続けばいいなあと思っていました。終わってみれば、語っても語りつくせない、そんな感じです。


つづくvol.5へ

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.5

『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.5

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―そんな風に最後思えるなんて幸せなことだと思いますよ。そして、その成果が秋の国体につながります。新潟国体、優勝おめでとうございます!!新潟の小学生も応援に駆けつけたそうで。

ありがとうございます。3試合も楽しんでやってました。小学生は大応援団でした。


…あれっ?!それだけか(笑)?あの話は?(西川監督談)


…ええっと、実は…初戦の試合前日に足の靭帯を伸ばしてしまいまして…(苦笑)。ベースランニングの時、グラウンドが固すぎてスパイクの歯が刺さり過ぎて…(苦笑)。それでもやっぱりせっかくだし、出たいのでファーストで出させてもらいました。ファーストの五月女にキャッチャーをやってもらって、チームに迷惑を掛けっ放しでしたが…(苦笑)。


―ファーストとはいえ、その状況でよく出られましたね?

もう高校生活で最後でしたからね。松葉杖をついて球場入りしました(笑)。でも、幸運なことに新潟で接骨院のいい先生に巡り会いまして、テーピングをぐるぐる巻きにしていました。試合の日の早朝や夜遅くに病院に行って。初戦は初回から8回までファーストで、準決勝は7回からキャッチャーで、決勝はフルでマスクをかぶりました。痛み止めを飲んだり、座薬を入れたりして(笑)。本当に嘘みたいな回復力でした。


―そして、その痛みに耐えて、国体で優勝しました。ウイニングボールを掴んだそうですね。

キャッチャーファウルフライを掴みました。準決勝では夏に敗れた名城大附属に、決勝では延長24回を戦った神戸弘陵に勝ちました。全国制覇は目指している真剣な場所だったので、優勝して嬉しかったです。


―新潟で思い出はできましたか?

新潟は米がおいしかったし、人間が温かかったです(笑)。


―花巻東の菊池君(西武1位指名)に会いませんでしたか?

会いました。しゃべりに行ったのですが優しかったです。他には明豊の今宮健太君(ソフトバンク1位指名)や中京大中京の堂林君(広島2位指名)、県立岐阜商の山田君(専修大進学を希望)にも会いました。


―そうですか。よかったですね(笑)。軟式をやっていて硬式をどう見ていますか?

軟式をやっていても、野球は野球なので硬式を特別に意識したりはしませんでした。軟式野球のファンの方もいますし。


―そう言えば、夏の全国大会に出場が決まったときは、京都新聞社や京都府庁、京都市役所に表敬訪問されたのですよね?

はい、もう一生ないかもしれないぐらいに思って行きました(笑)。


―監督!!、牧さんがキャプテンで良かったですか?監督さんが指名したのですか?

どこに出してもあやしくないキャプテンだと思いますよ(笑)。この先こんなに楽はできないです。もうみんなキャプテンは牧がやると思ってたと思います(西川監督談)。


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―そうですか。やっぱりしっかりしてますね。高校の軟式野球生活はどうでしたか?

野球は感謝で始まり、感謝で終わると自分では思っています。ただ単に全国を目指すだけでは申し訳ないです。感謝してもしきれません。本気で目指すのは当然のことで、監督や部長、応援してくれた人たち、父兄、家族などがあってのことです。


―軟式野球についてのアピールはありますか?

軟式をやりたいと思ってくれれば、幸いなことになると思います。僕は野球が好きで、頂点を目指して軟式をやっていただけです。


―軟式が得意というのは、歳をとってもどんな草野球チームでも引っ張りだこですよ!!(笑)それに案外硬式出身は打撃にも守備にもとまどいますからね。

そんなことないです(笑)。


―森本投手とバッテリーを組んでいて思い出に残っていることは?

監督がいる前で言うのは恥ずかしいですが、森本は力投派で、元々ひじのケガを持っていたのですが、延長24回の試合のとき、回が終わるとベンチ裏に入ってテーピングをして冷してを繰り返しているのを見たら、辛くて泣けてきました。それで僕のサインで変化球を投げたりしていたから、これで一生投げられなくなったらどうしようと思っていました。


―高校1年の秋に硬式から軟式に、それから野球を続けてきて自分が変わってきましたか?

大分変わってきたと思います。取り組む姿勢が変わってきました。一球でも無駄にするとダメだと思うようになりました。


―そういう姿勢や考えに行き着いたのは?

2年の夏に負けて、3年生の姿を見て、…なんでもっと頑張らなかったのかと自分で思いました。負けてから後悔しないようにとみんなが思ったので強くなったと思います。もしさぼってしまって負けると言い訳になるのが嫌だったです。


―それからチームが少しずつ変わっていくのですね?

はい。3年の夏前に坪井部長に「一日に一ついいことをしよう」と言われました。ずっと言われてきたことでもありますが、それはちゃんと返って来ると。そのとおりだと思いました。どんな小さなことでも一つずつ感謝の気持ちを持って、その気持ちで本当に全国に行かせてもらえたと、みんなそう思っていると思います。


―東山に入ってよかったですね。

そうですね。ここに入ってこうなるようになれ!、と言われているのかなと思いました(笑)。


―今日は本当は京都府高野連で表彰された時に貰う、盾や賞状なんかを持ってきてもらおうと思っていたのですが…。

まだもらってないです(笑)。表彰は来年の1月15日だと思います。


―そうですか、よかった(苦笑)。楽しみですね。軟式の選手が表彰されるのは特別なことですし、硬式は5人と毎年決まっていますからね。

はい、楽しみです。でも、僕だけの受賞とは思っていないです。


―最後に、将来の夢などお話していただけますか?

そうですね、…今度東京都に警視庁の社会人野球チームができるので漠然とやれたらいいなあ、と思っています。本当は大学にはあまり興味がなくて、高卒で京都府警を受けようかなあと思っていましたから。スポーツ推薦で大学に行けることが決まったので。


―そのときは硬式になりますね?

本当は軟式が好きなんですけども(笑)。


おわり



※『唯我独尊』とは、「自分一人が特別にすぐれているとうぬぼれること。ひとりよがり」という意味ではなく、「この世の一人ひとりが主人公。」といった意味で捉えています。

※今回は落成式があったばかりの東山高校・醍醐グラウンドにお邪魔しました。牧主将はしっかりしていて頼もしく、とても高校生には思えないほどでした。次は野球雑誌「ホームラン」の取材があるそうなので、また来月あたりに書店でお求めください。



【2009年度京都府高校野球連盟 優秀選手】

・長岡 宏介(福知山成美)投 <秋優勝、春・夏準優勝>

・中本  篤(立 命 館)投 <秋準優勝>

・中村 達樹(塔   南)外 <秋3位>

・今竹 悠太(京都 両 洋)内 <春優勝>

・妻鳥 哲也(龍谷大平安)外 <夏優勝>


【2009年度京都府高校野球連盟 特別表彰(軟式の部)】

・牧  紘平(東   山)捕 <新潟国体優勝>




(参考HP)

東山中学・高等学校

京都府高校野球連盟 優秀選手

第54回全国高等学校軟式野球選手権大会

2009年 トキめき新潟国体 トキめき新潟大会

ミズノビヨンドマックス

ナガセケンコー株式会社

ダイワマルエス株式会社
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