京都アマチュア野球だより

試合結果、選手成績などを写真付きで紹介しています (SINCE 7.06) 著:若林千尋

2010年01月

<速報>立命館宇治が6年ぶりのセンバツへ

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6年ぶり2度目のセンバツ出場が決まり、選手たちに胴上げされる立命館宇治・卯瀧監督


 第82回選抜高校野球大会の選考が行われ、出場32校が決まった。

 京都は、立命館宇治が6年ぶり2回目の出場を決めた。昨秋の京都府大会を制した立宇治は、続く近畿大会でも4強に進出。近畿枠は6校で、同大会8強の福知山成美は補欠校となった。

 2007年春に就任した立命館宇治・卯瀧監督は、課題に守備強化を挙げて、「全国大会の桧舞台。生徒たちには、グラウンドでやっている野球と同じと思って甲子園では戦おうと言っている」と、特別な練習法や戦術面での変更はないと言い切る。

 監督自身は北嵯峨、鳥羽を含め、今回で9度目の甲子園出場となる。「3校目だが、新たな気持ちで生徒たちとともにやっていく」「今は体力トレーニングや内外野の守り中心の基本練習だが、2月中旬から実践練習に取り組んでいく」と話した。
 

 他の近畿勢は次の通り。大阪桐蔭(大阪)、神戸国際大付(兵庫)、神港学園(兵庫)、天理(奈良)、智弁和歌山(和歌山)、向陽(和歌山)<21世紀枠>、他の補欠校は育英(兵庫)。

 組み合わせ抽選会は3月13日。選抜大会は同21日に阪神甲子園球場で開幕する。



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センバツ出場が決まり、空に帽子を放り投げて大喜びする立命館宇治の選手たち


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午後4時前、校長先生よりセンバツ出場決定を知らされる立命館宇治の選手たち

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.1

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.1

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兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手

1983年4月18日生まれ(26歳) 166cm ?kg 右投げ右打ち 背番号未定

50メートル6.8秒 遠投80メートル

北嵯峨高―龍谷大短大 京都市出身 大阪府在住



資格:応急処置対応認定、普通救命講習終了、初級スポーツ指導員、レクリエーションインストラクター

・大学ソフトボール日本選手権(インカレ)3位
・第2回女子野球ワールドカップ準優勝
・第3回女子野球ワールドカップ優勝 


女子硬式野球クラブチーム・大阪BLESS主将。IBAF(国際野球連盟)女子ワールドカップに2度出場。昨年8月に愛媛・松山で行われた第3回大会ではチームに貢献し初優勝した。同年11月にわかさスタジアム京都で行われた、日本女子プロ野球機構(GPBL)トライアウトを受験し合格(129人中30人)。12月に京都アストドリームス、兵庫スイングスマイリーズの両チームから、投手の部でドラフト1位の重複指名を受け、自らの抽選の結果、兵庫に入団することが決まった。現在はリーフラス株式会社に勤務し、ベースボールスクール・ポルテで子供たちに野球指導をしているが、2010年2月から女子プロ野球選手としての第一歩を踏み出す。硬式5年、軟式4年、ソフト5年の球歴を持つ。


※インタビューは1月14日に行いました。


―この度は、女子プロ野球ができるということでおめでとうございます。2010年4月から10月まで、わかさスタジアム京都などで試合が開催されます。京都出身者は小西さんただ一人ということで取材させていただきます。

ありがとうございます。京都出身が私だけなのは知りませんでした。


―硬式球が当たると痛いです。ケガをしませんか?

実は、この前ピッチャー返しを足に受けてしまって、初めてマウンドで倒れてしまいました。でも、内緒です(笑)。今のチームの子だけ知っています。


―大丈夫ですか?

色だけ残っていますが、痛みはもうありません。


―気をつけてくださいね。女子硬式野球は、競技人口が約600人ということです。京都ではどこにチームがあるのかもわからないのですが、大阪に女子硬式野球クラブチーム・大阪Blessを設立された経緯を教えてください。
 
私が設立したように言われますが、実際は違います。元キャプテンでもあるのですが、(今は上司の)上田玲さんが監督となり、私と大学生の3人でつくりました。でも、私は一緒に手伝ったという感じです。最初は借りられるグラウンドもなくて、奈良の五條市まで行ってマネージャーや3人で練習していました。それが何回か続いたのですが、やはりメンバーがもっと集まらないと練習できないので、ソフトをやっている友達や、上田監督の出身校である大阪国際大ソフト部の人たちを誘ってやっていました。硬式を使うのも、元々野球をやっていた人たちなので大丈夫でした。


―チームは何年目ですか?年間に何試合くらいしますか?

今で6年目です。練習試合を含めると約20試合です。公式戦の大会は全国、西日本、クラブ選手権の3つがあります。それから中学生のボーイズリーグの小さなリーグ戦に参加します。


―大会で優勝したことはありますか?それから、女子硬式のチーム数はどれくらいですか?

全国大会ではまだないです。でも、西日本とクラブ選手権で計2回優勝しました。高校は6校(埼玉栄、花咲徳栄、駒沢学園女子、蒲田女子、神村学園、福知山成美)、大学は4校(尚美学園大、平成国際大、中京女子大、南九州短大)、クラブは約30チームくらいあります。

※中京女子大は、日本女子野球協会には未加入。2006年春より愛知大学野球連盟、愛知大学野球リーグ5部に所属。2007年から一部学部で男女共学となったことから、2009年秋からは男女混合チームとなり、2010年春に4部に昇格することが決まった模様。(2010年春、至学館大へ名称変更)


―クラブチームの良さはどんなところですか?

高校や大学の部活動と違うのは、いい意味での「バカ」ができるところですね。しばられず、自分の想いで、思い切りできるところだと思います。


―大阪Blessの活動でよかったところ、楽しかったところは?

中心選手になってからですが、中学生、高校生を引っ張っていくところです。主将になってからは練習メニューの管理をしたりするので、より自分でつくるチームと感じられました。また、選手としての自分のプレーも伸ばしていくので、両方やることは贅沢でした。


―女子で硬式をプレーしようと思ったきっかけは?

少年野球をやっていて、小6のときに中学ボーイズリーグのセレクションを男子のチームメイトと受験しました。


―そうですね。女子でも小学6年生なら、男子よりも背が高かったり運動能力でも上だったりしますね。

監督さんなどから「自分(君)が一番うまい」と冗談でも言ってもらえました。テストの評価も一番よかったし、うれしくて調子に乗りました(笑)。男子よりも早くレギュラー取れるって。…でも、後から「女はダメだ」と言われて…。それは最初に聞いてたんですよ。聞いてたけど、それでも野球がうまければ入らせてくれると思っていたので…。それが悔しくて、どうやったら練習させてくれるのかと思いました。公式戦は男子しか出られないし、前例もなかったので。でも、女子の全日本代表のセレクションを受けたいと思っていて。


―…男子との差はいつ頃に実感するようになりましたか?

中2か3ぐらいからやっとボーイズの練習生として認められましたが、女子なので特別メニューでした。気まぐれで練習に行かない日もありましたし。やっぱり中3のときに男子とのレベルの差を感じました。筋力、体格、パワー、スピード。そのときに初めて限界を感じました。高校野球でもう違うな、レギュラーが取れないし、トップにはなれないと感じ始めましたね(笑)。


―実際に試合を観て、そう思いましたか?

当時、北嵯峨の野球部にいた兄の練習試合を観に、高校のグラウンドへ行ったときですね。(男子を)抜かすことはできない、けど…すごいなあと。


―お兄さんも後に日本代表に選ばれるほどでしたが、野球を続けているのは、お兄さんとよくキャッチボールをしていた影響が大きいのですか?

兄は父とはバスケットやキャッチボールをしたりしていましたけど、自分はお手伝いをしたりして少年野球を見学したりしていました。兄とはあまりしていません。だから、私はどちらかと言うと、バスケットをやっていた5歳上の姉の方がよくキャッチボール(ボール遊び)の相手をしてくれました。それに、幼稚園のときからよくボール遊びをしてくれたりしたので、小3か小4ではボールクラブで球技を習っていました。


―では、中学のときの部活は?

中学は陸上部です。でも、陸上部に入っても、高校へ行ったら野球をやるつもりだったので、そのための体力づくりと考えていました。


―どんな種目をしていたのですか?

短距離ですね。主に100メートルや200メートル、ハードルをやっていました。そして、中3になってから投てきに。


―ええっ?…投てき?砲丸投げですか?まさかやり投げですか?

ええと、円盤投げをするようになりました。ハードルは大会で決勝手前まではいけたのですが、…種目を変えようかという話にもなって。


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―どれくらい遠くへ投げられましたか?

25メートル前後、ですね。市大会は1位でしたが、府下大会では、残念ながら6位で近畿大会には行けませんでしたけど。


―どうして円盤投げに転向したのですか?

信頼していた陸上部の先生が、中3のときに産休から戻ってきて、「投げろ!」と言ってもらえました。だから中3になってから円盤投げを始めたのです。府下大会の1ヶ月後にあった記録会では、プラス5メートルの28、29メートルの記録で1位でした。だから、もっと早く言ってくれと思いましたね(笑)。


―本当にそうですね(笑)。もっとすごい記録が出たかもしれません。

その先生は面白い先生で有名でした。陸上のことも今までやってきた専門の経験があるので何を言っても説得力があり、ついていきたい感じでした。先生は「産休中は責任を持って教えることができないからむやみに勧められなかった」と言っていましたけどね(苦笑)。


―小西さんを観ていて、野球がどうこうというよりも運動能力がとても優れていると思いました。子供と少し遊びでドッジやサッカーをしたときのその動きだけでも大変なものだと。いつも体育の成績は「5」でしたか?右利きなのに左投げのフォームも自然でしたが。

体育の成績で「5」以外を見たことがないですね(笑)。すっごい負けず嫌いなのですよ。だから、もしできなくてもできるまで何回でもやります。ダルビッシュが左で投げているのを観ましたが、小5ぐらいのときに「私も左でやろう」と思って、今は字も左でも書けますし、はさみも左でも使えます。自転車に乗るのは右からしか乗れないのですが。いや、何というか左でなんでもできてしまうところがありますね。


―バランス感覚が優れているのですかね。それに小西さんはパワフルですね。雰囲気ですが、女子ゴルファーで似ている人いますね?名前が出てこないけど…。

それは…たぶん古閑美保さんですね(笑)。よく言われます(笑)。


―そうです、そうです(笑)。雰囲気が似ていますね。古閑さんも少年野球をやっていて、確か馬原(ソフトバンク)からホームランを打ったと聞きました。

へえ~、そうなんですか。私、小さい頃からスポーツ全般が得意ですね。卓球は遊びですけど得意ですし、バスケは小3から小6まで、野球も小3から小6までやっていて、サッカーは小6で学校の部活で、ボールクラブも小4からやってました。


―ボールクラブって何ですか?また、水泳はどうですか?

キックベースなどの球技をやります。水泳は人並み以上には泳げます。とにかく負けず嫌いですし、前はスイミングコーチで教えたこともありますよ。


―すみません。野球の話でした(笑)。ええと、投手として球種は何がありますか?決め球は何ですか?

カーブ、スライダー、チェンジアップです。決め球はまっすぐです。変化球ならカーブです。


―まっすぐに自信があるのですね。ドラフトの動画を観ましたが、「MAX130キロを目指す」と仰っていました。正直、今の球速はどれくらいですか?

MAX120キロいかないくらいですね。毎日投げすぎたら伸びないと思っていますし、それよりも下半身の安定が重要です。足もお尻ももっと大きくならないと粘りが出ないです。重心が低いままで、もっと歩幅を広げたいです。そのためには、走りこみやトレーニングを欠かさずしたいです。これからは今よりももっと練習できるし詰め込めるので、球速は今より上がるだろうと思います。


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―バッティングをしている写真(Web記事)が出ているので拝見しましたが、自信もおありですね。

バッティングは好きです。1チームに15人しかいないので、野手として出ることもあるでしょう。


―ライバルの選手がいれば紹介してください。外国人でもいいですよ。

特にいないですね。強いて言えば、プロではないのですが、尚美学院大の西朝美さんです。全日本のキャッチャーです。体格がいいので飛距離もすごくて。投げる時は闘争心をかき立てられます。外国人は、この人はと思う人は、アメリカにいるのですが、ちょっと名前がわからないです。ほんとにリーチが長くて、どこに投げたらいいのかと。投球術がないのでパニックになりました(苦笑)。あとはBlessを一緒につくった上田さんですね。2つ上ですけど、他の人にない能力があって対戦が楽しかったです。結構打たれてしまいました(苦笑)。


つづく

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.2

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.2

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―ご自身のブログを拝見しましたが、食事の量が…なかなかですね(笑)。好きな食べ物は?、嫌いな食べ物はありますか?

嫌いな食べ物はないですね。好きなのは…、いくら、ドリア、マンゴー、アボガド、キャベツ、桃、ハンバーグ、豚肉…、どこまで言ったらいいですか?(笑)食べることが幸せです。奪われると泣きます(笑)。


―野球選手なのですから、食事は気にせずたくさん食べてください。

自炊するようになって1年なのですが、運動をたくさんして体重調節できるので気にしていません。食べ物が好きなので太りすぎたと思ったら、運動を多目にします。それよりも、料理をつくることが好きなのですね。


―得意な料理を聞いてみましょう。肉じゃがですか(笑)?

煮物と…、チャーハンは定番すぎるかな(笑)。肉じゃがは作ったことがないです。何でだろ。たまねぎを切ったら泣くからかな?(笑)他に大根煮やひじき、小芋の煮たものはよくつくります。


―休日の過ごし方やリラックスの方法は?

実家に帰ってピアノを弾くことですね。


―へえ~、習ってたのですか?どんな曲を弾きますか?

一切、習っていないのですが、ピアノの先生の資格を持っている母の影響です。中学の頃が一番弾きましたね。合唱コンクールで歌うような曲を弾きます。譜面も読めるし、弾いて歌うのが好きです。カラオケの楽しさとはまた違って、真剣にお腹から声を出すのが楽しいです。


―健康面で注意していることは?体のケアとして、マッサージや整体には行きますか?

前にトレーナー、インストラクターをしていたので自分のことは全部わかってしまいます。なので、自分に何かが起きても原因も治療法もわかります。トレーナー知識があるし、柔軟や筋力ともにわかるので、マッサージや整体には一切行かないですね。スポーツクラブで勉強していたので、自分が自分のトレーナーです。背中が痛いことはありますが、大したことはないですし、今のところ体のケアについては問題ありません。


―お兄さんは北嵯峨のご出身でした。年末に戦力外通告を取り上げた番組で、山田秋親投手(立命館大-ソフトバンク-福岡レッドワーブラーズ)が取り上げられていました。ロッテに復帰することになったようです。

山田さんは兄が1年のときの3年で、甲子園に行きました。同じピッチャーだったので、お世話になったみたいです。


―そのとき北嵯峨は卯瀧監督(現立命館宇治)ですよね?

はい。兄が1年のときはそうでしたが、2年のときに鳥羽に行かれました。鳥羽は兄が3年のときにもう強くなってきてました(笑)。


―知らなかったのですが、お兄さんの正則さんはクラブチームの東海REXで日本代表に選ばれています。プロの宮西(関学大―日ハム)、大場(東洋大―ソフトバンク)、野本(駒沢大―日本通運―中日)や長野(日大―ホンダ―巨人)と第16回IBAFインターコンチネンタルカップ(2006年)で一緒だったのですね?

兄は「松坂世代」で、夏の京都大会では北嵯峨か、春の近畿大会で優勝した平安が優勝候補で、甲子園に出るだろうと言われていました。でも、準々決勝で互いにぶつかり、延長10回で3-2で勝ったものの、翌日の準決勝の京都成章戦では、兄は途中から登板しました。それで序盤に取られた点に追いつくことができず、古岡(中央大―ヤマハ)さんの緩い球に翻弄されて1-7で負けました。とても残念だったのを覚えています。京都成章は勝ち上がって甲子園の決勝で横浜に負けて全国準優勝でしたしね。意外でした。


※1998年7月28日に行われた第3試合(準々決勝:北嵯峨対平安)は、予定より3時間半遅れの17時31分プレーボール。


【1998(平成10)年第80回大会 北嵯峨の戦績】

1回戦:北嵯峨4-0久御山 ※久御山の先発は、橋本健太郎投手(東北福祉大―日本新薬―阪神―ロッテ)。 2回戦:北嵯峨9-0京都学園 3回戦:北嵯峨6-0北桑田 4回戦:北嵯峨9-0加悦谷 準々決勝:北嵯峨3-2平安 準決勝:北嵯峨1-7京都成章(第2試合)

準決勝:鳥羽4-3峰山(第1試合)
決 勝:京都成章(3年ぶり2回目)7-0鳥羽


―お兄さんは今日本新薬で活躍されている正捕手、堂前篤史さんとバッテリーを組まれていたのですよね?内野手の佐々木龍(日本新薬)さんも同学年ですね?

はい、そうです。


※準々決勝の平安戦で佐々木龍さんは延長10回に右中間へサヨナラタイムリーを放った。


―兄妹がお互いに日本代表ということで、社会人野球雑誌の「グランドスラム」にも取り上げられたようですね。お兄さんの日本代表での試合は観に行きましたか?

私も兄もそのときお互い合宿があって台湾には行っていませんし、自分のときも来てもらえませんでした(笑)。


―プロ野球などで有名な選手と友人だったりしますか?

神内(延岡学園―ソフトバンク、京都府綾部市出身)君や内海さん(敦賀気比-東京ガス-巨人)と一緒に練習したことがあります。あとはもう時効だと思うので言いますが、5年以上前には片岡安祐美(茨城ゴールデンゴールズ)ちゃんらと毎年冬に自主トレをしていました。3つ年下で姉妹みたいな仲になって、彼女が「お姉ちゃん」と呼んでくるのです(笑)。


―男子のプロ野球で好きな選手は?

うーん、イチロー選手の生き方は好きですね。ピッチャーとしては、ダルビッシュや岩隈さんですね。手足が長くて、ムチのような腕の振りで、細身のピッチャーが好きです。岩隈さんの縦のカーブが最高です。昔は高津さんと古田さんのバッテリーに憧れました。


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―この取材の前に、テレビで昭和40年会と48年会のバラエティ番組を観ました。古田さんとの共演はどうでしたか?

共演と言っても、憧れの人でもあるので、緊張してあんまり覚えてないです。古田さんには受けてもらい、夢のバッテリーが成立しました。キャッチボールしていただいただけで、感動し、変に力んでしまいました。あの試合は軟式を使ったので、ジョニー黒木さんに「思い切り投げるなよ」と気遣って頂きました。


―軟式だと肩が抜ける感じになるからですか?

そうです。軟式だと肩が抜けた感じになるし、冬なので最近硬式は投げてなかったので。特に軽いボールを右手で投げるとおかしくなるので心配してもらいました。


―古田さんと山本昌(中日)さんに打たれてしまい残念でしたが、対戦はどうでしたか?チームメイトになる厚ヶ瀬さんも村上(近鉄―西武―大阪ゴールドビリケーンズ監督)さんのストレートに空振り三振だったですし。そう言えば、吉本お笑い芸人のブラックマヨネーズともからんでましたね。

すごく楽しかったです。会えてよかったです。山本昌さんも体が大きくて。厚ヶ瀬も私と同じで軟式がやりにくかったのだと思います。ブラマヨさんは…思っていたよりも小さかったかな(笑)。


―他に印象に残ったことはありますか?

山本昌(中日)さんと三浦(横浜)さんと勝負しましたが映ってましたか?プロの二人は古田さんとバッテリーを組んで、中学生のボーイズチームに対戦しました。山本昌さんも三浦さんも打たれてましたが、私は女子の丹波ガールズの選手と対戦してファウルに打ち取りました。一球勝負だったので、結果は私の勝ちだったのですが…。テレビ的には面白くなかったかもしれません。硬式球を投げました。


―それは映っていなかったです(笑)。テレビ的にカットになったのでしょうか?それから、独立リーグの吉田えり(三重スリーアローズ)選手もその番組に出演なさってましたね。小西さんの球を見て、「いい球を投げますね」「負けました」とコメントしていましたよ。僕も球筋はいいし、きれいなフォームで投げるなと思いました。年齢も違うのでこの質問はなんですが、えりちゃんにはどんな印象をお持ちですか?

…えりちゃんと話す時間を与えてもらえなかったので残念です。こっちへ寄ってくる感じはありましたけども話せませんでした。前にえりちゃんがいたクラブチームと対戦したことがあります。その試合はBlessが圧勝しました。当時は全くの女子高生という感じで、今はすごい成長したという印象です。あまり覚えてないですが、あのピッチャーが…という風に思いました。


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―これからいよいよ女子プロ野球選手になられます。トライアウトを受けようと思ったきっかけを教えてください。

野球が思い切りできるからですね。


―「野球は自分を表現できる」と発言なさっていますね。野球じゃないとダメなのですか?ソフトボールとの違いは?

ソフトボールもやっていましたが、距離が短くて狭いのです。だから、魅せるプレーが限られている気がします。ソフトでは実際、サードを守りました。でも、一瞬のプレーなので面白みに欠けます。完ぺき主義だし、ミスしたら負けます。それに比べて、野球はユーモアがあります。いくつミスをしても取り返せる。技術が一つではないし、可能性が無限大な気がします。ソフトは守備で言えば、打球の反応も届くか届かないかだけですが、野球は一歩目、二歩目というのがあります。


―なるほど。僕は近所のソフトチームでサードを守ったことがあるのですが、ただ打球が怖くて。一歩目も何も、ただ打球が飛んできたら、飛びつくようなノリでしたね(苦笑)。ところで、京都、兵庫の両チームが指名しました。なので、自分でチームを決めるくじを引くことになりましたね。僕は30人で京都出身は小西さんだけなので、ぜひとも京都を引いてほしかったです。

…京都出身なので貢献したかったですけれども、敵になってしまいました(苦笑)。チーム最年長なので引っ張っていきたいです。


―今まで野球を続けてきてどうでしたか?

いつも全日本に入れるという確約もないので、ずっとチャレンジャーの精神でやっていました。いつ落とされるかわからないので必死でした。メンバーに入って世界と戦いたかったです。


―男性とプレーすることも多かったと思いますが、どうでしたか?

相手が女子だからといって、手加減されるのが嫌でした。それで助かるところもあるわけですが、手を抜かないといけない男子がかわいそうとも思います。更衣室はいつでもどこでもありませんね。


―仕事やアルバイトとの両立はどうでしたか?

とにかく何をやっても自分にプラスになると思ってやっていました。短大卒業後は体育の家庭教師をやったり、スポーツクラブやレストランの掛け持ちでした。


―少年野球の時も、周りにほとんど女性はいなかった環境でしょう?

自分が初めてでしたし、女子の先輩もいませんでした。少年野球は親とチームの大反対を押し切り、無理矢理お願いしました。その頃に同い年で野球をやっている人は2人ぐらいしか見たことがなかったです。


―好きなお笑い芸人やアーティストはいますか?

この人は面白いと思う人が3人います。明石家さんまさん、島田紳助さん、あと高田純次さんですね(笑)。歌手では、コブクロ、Superfly、絢香、倖田來未などが好きですね。

※今春の第82回選抜高校野球大会開会式の入場行進曲は、女性歌手、Superflyの「MY Best Of My Life」に決まった。


―趣味は?

ドライブです。山とか海に…。今は時間がないですけど、車の運転は大好きです。



つづく

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.3

『唯我独尊』~兵庫スイングスマイリーズ・小西美加投手 vol.3

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―今の会社(リーフラス株式会社)に入られたきっかけは?一緒に大阪Blessを設立した上田さんも同じ会社ですね。

上田さんに「野球を教えるのは好きか?」と聞かれたのがきっかけです。今は上司になりました(笑)。


―上田さんとの出会いは?

高3のときに、2002年のワールドカップの選考会で初めてお会いしました。セレクションを初めて受けた年ですね。上田さんは奈良でソフトの実業団チームに入っておられて、チームでもレギュラーメンバーでした。私は補欠でした。「関西なんや?どこ?」と言われて、「京都です」と答えました。


―ベースボールスクール・ポルテでの仕事や指導は楽しいですか?

子供が好きで、指導するのはとても楽しいです。昔から先生になりたかったので、幼稚園でも小・中・高でもどれでもいいから教えたいと思っていましたが、高校から推薦で龍谷短大に進んだので…。自分がプレーしていくことが前提だったので、そこでは保健体育科の教員免許が取れませんでした。短大は、社会科なら取れましたけど、社会科はちょっと違うかなと。


―北嵯峨時代はソフトボール部ですね。チームの成績や守備位置、打順を教えてください。

4番センターでした。チームはあまり強くなかったです。京都西山が強かったですね。最近は京都成安(現京産大付)が強くなってきていますね。


―北京オリンピックの金メダリストで京都西山出身の、江本奈穂選手や狩野亜由美選手と対戦したことはありますか?

対戦というよりも、京都選抜のチームメイトでした。私自身は2年連続で国体の強化選手(京都選抜)に選ばれていたので。西山出身が多かったです。


―では、国体に出場されたのですね?

2年のときは富山国体に出ましたが、補欠だったので出場はなかったです。3年のときは、選手として出場しましたが、予選敗退で国体には出られませんでした。本当は選手として選ばれてはいけなかったのですが。


―どういうことですか?

3年夏前に行われるインターハイ予選でチームが初戦敗退してしまいました。京都選抜に選ばれるのは、京都で上位ベスト8以上じゃないとダメというルールがありました。私が選ばれて、それが問題になって会議が行われました。西山が優勝だったので、西山の監督が選ぶ権利があったのですが、2位以下の成安などのチームの監督さんからは「いや、おかしい」とダメ出しがあったのだそうです。でも、西山の監督さんが「小西をほしい、絶対に取るんや」と言って頂けたおかげで選ばれることになりました。その後で「活躍せんかったら、わかってんねんやろな」と言われましたけど(笑)。


―今シーズンの目標を教えてください。

開幕戦の先発です。監督やコーチに認められるようにして、まずは5回ノーヒットノーランで抑えて、初勝利を挙げることですね。あとは、ピッチャーをしつつも、バッターボックスに立っても活躍したいです。


―DH制ではないのですか?

まだわかりませんが、DHは使わないだろうと思います。チームは15人しかいないので。


―将来的な目標を言うとどうですか?

ピッチャーとしては、130キロを記録することです。バッターではオーバーフェンスを打ち込みたいです。1年間の目標じゃなくて引退するまでに。絶対にムリやろと、誰が見てもそう見えたら引退します(笑)。可能性がある限り挑戦したいです。


―力強い発言ですね。「MAX130キロの大台を目指したい。私の手で出したい」「感謝の気持ちを忘れない」と発言されていましたね。…その130キロというスピードについてですが、130キロとは…男性で言うと160キロくらいの感じなのですか?

…そうですね。…自分では150~155キロぐらいのイメージを持っています。


―応援していますので頑張ってください。

はい。でも、実は悩むタイプだし、気が弱いところもありますが…。とにかくケガだけには気をつけたいです。


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―3年前の秋、西京極に女子ソフトボールリーグを観に行ったことがあって、まだオリンピック前でしたが、観客、特に中学生、高校生などの女性客が多くて驚きました。女子プロ野球はまだ2チームしかないため、その盛り上がりについて不安視されるところもあります。僕は男性客よりも女性客や子供たちが多く入るようになってうまくいくのでは、と思っています。そのあたりはどのように思いますか?

それはちょっと予想できないですね。まだ実感もありません。ソフトボールとの比較ではわかりません。先日のトライアウトでは、子供というよりは野球好きの関心のある人が来ていたり、観るのが好きなおじさん、おばさんがいたり、会社関係の人とわかる人が来ていました。あれはトライアウトだったので正式に始まるまで何とも言えません。


―女子野球界は「プロアマ共存」ということですが、ワールドカップには出られますか?

おそらく大丈夫です。出られると思います。


―日本代表で小西さんの背番号が「18」だったということは、女子野球界の「ダルビッシュ」や「涌井」ということでいいのですよね?

いいえ、前回のワールドカップで活躍できなかったので、それは言い切れない部分がありますので。


―それではエースは誰だったということになるのですか?

誰がエースとか決めていたわけではなく、みんなで掴んだ優勝だったので…。あえて言えば、野口(神村学園)が大会のMVPでしたので、それは野口ということになるでしょう。


―それでは、今年開催予定の第4回の日本代表に選出されることを願っています。女子硬式野球にとって大事な一年になりますね。大阪Blessの他の3選手も偶然、兵庫スイングスマイリーズに入団することになりますね。

はい、4人全員が同じチームなので力を合わせて頑張ります。


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左上=松本育代さん、右上=小西美加さん、左下=野々村聡子さん、右下=田中幸夏さん


―さて、話は変わりますが、2月で会社も退社されます。子供を指導するのが好きということで、今の子供たちに言いたいことはありますか?

今の小学生、子供たち…というよりは、親や社会に対して言いたいですね。「危ないからとあまり色々と禁止しないように」ということです。ブランコでケガをしたりするのは普通のことで、塾に行けなくなるとかで、危ないことを全部させないような社会だから不器用だったり、運動神経がなかったりというようなことになるのだと思います。子供が公園でケガをするのは普通です。色んなことを体験して本当の怖さを知ることが勉強だと思うのです。


―転んで足を擦りむいたり、血が出たり、それが痛いということを知って色々と覚えるわけですね。

私としては、たいそうですが、できないことや少々危ないことをあえてやらせるようにしています。たとえ、それができなくてもです。決して難しくないと思いますが、後ろ向けに走らせるのも難しいような風潮があります。


―大阪の小学生は体育が苦手と聞きますが、どうですか?

体育の平均点を上げるには、場所を作る必要があります。駐車場を公園にしてあげるくらいでないと。子供たちが遊べる広場がないのが問題ですね。あとは道が危ない、車も多いということで親の監視がないと外にも出られないというのが…。一輪車に乗る場所もないし、道路でもできないので学校でしか乗れないです。田舎でないので、木登りもできないし、野生的なことが一切できないです。緑もないというか…。子供は色んなところで遊ぶのが普通なのに、都会過ぎて虫も見つけられないように思います。


―京都と比べてどうですか?

大阪の子供たちはかわいそう。京都は環境がいいし、緑も多いように感じます。それはお寺が多いからそう思うのかもしれませんが、土の部分が多いし転んでケガをしても大丈夫です。大阪は自由に遊べるところが少ないので。土があれば野球もサッカーも熱中できます。残念ながら、今の時代は6年生と1年生がいっしょにサッカーもしないのです。危ないことを避けるのが大阪と東京です。


―当然、東京も都会なのでそうなりますね。

でも、東京は小学生にも教育費にたくさんお金をかけられるようですし、大人自身もすごいところがあります。地域にもよりますが、大阪よりもパーソナルトレーニングの受講率が高いと聞きます。すごいです。会社としてそれは大変いいことで、存在価値もあるということなのですけれども。


―会社の方針もありますが、小西さんが指導することで気をつけていることはありますか?

柔軟体操はしないです。その分、足を広げさせるようにしたり…。スクールでやることの動きには意味があります。できれば子供にはやんちゃなぐらいなことをやってほしいですね。


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―リーフラスという会社を知ってとても驚きました。

会社にはアルバイトはいませんし、全員が正社員で「人間教育」に力を入れています。単に野球をするだけではなく、野球を通して「人間力」を小さい時から身につけることを目指しています。キャッチフレーズは「子どもたちの『ココロに体力を。』」です。


―小西さんがあいさつができなかった子供たちに「グラウンドに何て言うんやった?」と声をかけたり、みんなでごみ拾いをする時間を設けたりして指導していたのが印象的でした。

グラウンドに「お願いします」「ありがとうございます」とあいさつすることは当たり前のことです。そして、子供たちには、あいさつは自分からでないと意味がない、その勇気を持つことが大事だと教えたいです。そうすれば、どんな世の中でも頑張れるようになると思います。


―子供たちの指導やプロの始動を控え、お忙しいところありがとうございました。

いえ、これから始まる「女子プロ野球」の応援をよろしくお願いします。


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おわり




※『唯我独尊』とは、「自分一人が特別にすぐれているとうぬぼれること。ひとりよがり」という意味ではなく、「この世の一人ひとりが主人公。」といった意味で捉えています。

※今回は4月に女子プロ野球開幕を控える小西美加さんを取材させていただきました。小西さんは兵庫スイングスマイリーズのエースとしての活躍が期待されています。どうぞ応援よろしくお願いします。




(参考HP)

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山梨学院大附の優勝をどう見るか

 第88回高校サッカーでまさかまさか、初出場の山梨学院大附が青森山田を1-0で下し優勝した。青森山田は13年連続で出場しての悲願が成し遂げられない。戦前では、個人技で上回る青森山田の優位説があったようだ。山梨学院大附は組織力と守備力が評価されていた。

 私が山梨学院大附を推していた理由のひとつに、準決勝の青森山田対関大一戦の結果がある。青森はPKで勝ったとはいえ、終盤に2点を返され、同点に追いつかれる波乱が起きた。これによって決勝を迎えるにあたってイレブンの動揺が起きたと想像している。事実上の決勝戦は、中京大中京戦で10得点を挙げた神村学園と青森山田の準々決勝という声もある。それを4-0の思わぬ大差で勝った油断が準決勝で出たという見方もできそう。準決勝でのPKという勝ち方は、万全のものとは言い難かった。それで、決勝の山梨学院大附戦で選手がやや萎縮したか。先制されて追いかけるという、いつもと違う展開となり慌てたのが敗因、…と勝手に分析してみる。もちろん、サッカーを知らない私のことなので、こじつけのところはある。

 驚いたのだが、山梨は戦前から「前半勝負」というよみが当たり、前半11分に主将・碓井のこれ以上ないミドルシュートでサイドネットを揺らした。そして、そのまま逃げ切り、初出場初優勝。失点されそうな場面もあったが、それまで4試合連続無失点の守備力が効いた。「前半勝負」は横森監督の談話。どうして「前半勝負」なのだろうか。もう少し理由を知りたいところだが、とにかく先制点を取るということなのだろうか。これで野洲が優勝して以来、5年連続して初優勝が続いている。

 事実上の決勝は、1回戦の山梨学院大附と野洲だという声もあった。大会前、5年連続出場を決めた野洲の山本監督は「戦い方は全国優勝を果たした時に近い。結果を出したい」と言っていたようだが、「セクシーサッカー」で5年前に旋風を巻き起こした野洲も、もちろん優勝を狙っていた。しかし、初めて初戦で敗れる。しかも、後半に4失点した。その相手が山梨だった。山梨は、2回戦で立命館宇治を1-0で、3回戦でインターハイ王者の前橋育英を下した香川西を2-0で、そして、準々決勝では、開幕戦で帝京を下したルーテル学院を1-0で下す。準決勝の矢板中央戦は2-0だった。決勝は前述の通り。結局、失点は野洲戦のみだった。

 野洲が優勝して高校サッカー界が変わってきたと言われているらしい。それもそのはず、山本監督はサッカー未経験の指導者。で、初優勝以来、そのサッカースタイルなどが全国の憧れの的になっているらしい。野洲に勝てば優勝というジンクスはないが、野洲に勝ったチームは強いだろうという検討はついた。

 もうひとつ。立命館宇治に勝ったチームに勝ってほしかった。時代は少しずつ変わり、静岡勢や国見、市立船橋、鹿児島実が勝てなくなってきている。それで16強のどこが優勝しても初優勝ということで大会は盛り上がった。そして、優勝したのは、スカウトを強化した山梨学院大附。準優勝は、中高一貫教育の青森山田。我らが京都代表の立命館宇治もそのような運命をたどるかどうか、実際はわからないが、強くなるのは間違いない。また、高校生の年齢の段階で、ユースだ日本代表だって、個人の能力を伸ばす指導も前提となっている。大会中に山梨が挙げた11得点を8人で挙げたことが、このチームの強さであり、決勝ゴールが決まったのも碓井がパスせずに、あの場面で自分でシュートを打ったことがすごいのだと思う。青森はまさかあのまま打ってくるとは思っていない。その一瞬のすきをつかれてしまったように見えた。

 これで野球、ラグビー、サッカーと京都勢は全て全国優勝校に敗退するという、まさに不運である。なんとかこのスパイラルを抜け出さなくては…。組織力や守備力で勝ることがあっても、攻撃力や個人の高い能力が育まれない土壌があるのかどうか。爆発的に活躍できるような個人の育成にも注意を払っていく方針転換が必要であり、そうしなければいけないかのような時代の流れを感じている。でも、よくわからないな。それは高校生の部活を超えている気もするからだ。


 
 
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