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 今日書店で“野球本”を眺めていたら、矢崎良一さん監修の「甲子園のキセキ 時代を超えた、高校野球、6つの物語」(日刊スポーツ・ノンフィクション)を見つけた。

 パラパラとページをめくって立ち読みしていると、最後のほうで見覚えのあるユニフォームで投げ込む一人の選手の写真があった。それは大谷侑君だった。5年前の夏、京都外大西のエースとして夏の甲子園に出場。2回戦であの日本代表・涌井(西武)投手率いる横浜と対戦し、延長11回0-1でサヨナラ負けを喫した。その大谷侑君を主人公とした物語が綴られているようだ。これは買いだとレジに向かった。

 思えば僕が高校野球に再びはまることになったのは、この頃がきっかけだった。話せば長くなるが、大谷侑投手の思い出は多い。同じ学年に服部投手(当時、平安)がいたため余計にその思い出は印象深く残っている。

 夏前に「野球小僧」(白夜書房)のイベントで東京に行った。親睦会の時、僕の目の前にデータスタジアムのNさんが座っておられた。神奈川について話しておられるのを聞いていると、「横浜で間違いない」と言っておられた。涌井が凄いのか横浜が凄いのかまではわからなかったが、当時渡辺監督は体調が悪く、入院していた時に涌井からメールが来たという話題が、今は廃刊になった雑誌「SPORTS-Yeah」に載っていた。そんなことはいいとして、とにかく横浜は大会前から全国で注目されていた。

 甲子園大会が始まり、何の因果か京都代表の京都外大西と横浜が2回戦で当たる。1回戦で日本文理(新潟)に大苦戦を強いられた京都外大西に対し、横浜は報徳学園に圧勝。プロ注目の片山(楽天)がメッタ打ちにされるのを3塁アルプス席で目撃してしまった。これは2回戦は厳しい、と京都外大西を応援する誰もが思っていたと想像して間違いないだろう。

 しかし、試合が始まってみると互角かそれ以上の戦いで、もう少しで横浜に勝てそうなところまで追い詰めていた雰囲気もあった。お盆の第2試合で5万人の大観衆がその戦況を見つめていた。だが、残念ながら京都外大西が惜敗。試合終了後はテレビの前で放心状態の自分がいた。食事も喉に通らない。そんな壮絶な試合だったと記憶している。

 これまで野球を見ていて具合が悪くなったことなど一度もない。あまりの試合展開にお腹が痛くなったのは後にも先にもこの時だけだ。それだけにこの試合はいい意味で僕の想像を超えてくれた。「大谷君、ありがとう」と心の中でつぶやいた。まるで自分がマウンドに立って投げているかのような感じだった。

 ネットの掲示板をのぞくと、横浜ファンの方からの反響があった。「新チームになって、これだけ横浜が苦しめられたのは初めてだ。」「今大会のベストゲーム。外大西・大谷のピッチングは素晴らしかった」と賛辞の声が沸き起こっていた。

 それだけに、亜細亜大への進学を決めた大谷侑君の活躍を心から期待していたのだが、亜細亜大には他に4人の甲子園投手が同時期に入学した。それからの大谷侑君をはじめとする5人の大学野球生活の物語が、この本の最後に出てくる、エピローグ「あの日の未来予想図~エースたちの1500日~」(文・山田沙希子)に綴られている。互いに競い合えば、勝者と敗者が必ず生まれてしまうことになる―。

 入学後、亜細亜大野球部のHPをいくら探しても、名前があるだけで大谷侑君が活躍している様子がないので、寂しい思いからか東京に行ったついでに亜細亜大のグラウンドまで行ってしまったぐらいだから、卒業を機に大谷侑君のことがこういう形で本になって出版されたことを京都のファンとして嬉しく、誇らしく思う。作者の山田さんが女子大生と知って驚いたが、素直にありがとうと言いたい。