『唯我独尊』~東山高軟式野球部・牧紘平主将(捕手) vol.5
―そんな風に最後思えるなんて幸せなことだと思いますよ。そして、その成果が秋の国体につながります。新潟国体、優勝おめでとうございます!!新潟の小学生も応援に駆けつけたそうで。
ありがとうございます。3試合も楽しんでやってました。小学生は大応援団でした。
…あれっ?!それだけか(笑)?あの話は?(西川監督談)
…ええっと、実は…初戦の試合前日に足の靭帯を伸ばしてしまいまして…(苦笑)。ベースランニングの時、グラウンドが固すぎてスパイクの歯が刺さり過ぎて…(苦笑)。それでもやっぱりせっかくだし、出たいのでファーストで出させてもらいました。ファーストの五月女にキャッチャーをやってもらって、チームに迷惑を掛けっ放しでしたが…(苦笑)。
―ファーストとはいえ、その状況でよく出られましたね?
もう高校生活で最後でしたからね。松葉杖をついて球場入りしました(笑)。でも、幸運なことに新潟で接骨院のいい先生に巡り会いまして、テーピングをぐるぐる巻きにしていました。試合の日の早朝や夜遅くに病院に行って。初戦は初回から8回までファーストで、準決勝は7回からキャッチャーで、決勝はフルでマスクをかぶりました。痛み止めを飲んだり、座薬を入れたりして(笑)。本当に嘘みたいな回復力でした。
―そして、その痛みに耐えて、国体で優勝しました。ウイニングボールを掴んだそうですね。
キャッチャーファウルフライを掴みました。準決勝では夏に敗れた名城大附属に、決勝では延長24回を戦った神戸弘陵に勝ちました。全国制覇は目指している真剣な場所だったので、優勝して嬉しかったです。
―新潟で思い出はできましたか?
新潟は米がおいしかったし、人間が温かかったです(笑)。
―花巻東の菊池君(西武1位指名)に会いませんでしたか?
会いました。しゃべりに行ったのですが優しかったです。他には明豊の今宮健太君(ソフトバンク1位指名)や中京大中京の堂林君(広島2位指名)、県立岐阜商の山田君(専修大進学を希望)にも会いました。
―そうですか。よかったですね(笑)。軟式をやっていて硬式をどう見ていますか?
軟式をやっていても、野球は野球なので硬式を特別に意識したりはしませんでした。軟式野球のファンの方もいますし。
―そう言えば、夏の全国大会に出場が決まったときは、京都新聞社や京都府庁、京都市役所に表敬訪問されたのですよね?
はい、もう一生ないかもしれないぐらいに思って行きました(笑)。
―監督!!、牧さんがキャプテンで良かったですか?監督さんが指名したのですか?
どこに出してもあやしくないキャプテンだと思いますよ(笑)。この先こんなに楽はできないです。もうみんなキャプテンは牧がやると思ってたと思います(西川監督談)。
―そうですか。やっぱりしっかりしてますね。高校の軟式野球生活はどうでしたか?
野球は感謝で始まり、感謝で終わると自分では思っています。ただ単に全国を目指すだけでは申し訳ないです。感謝してもしきれません。本気で目指すのは当然のことで、監督や部長、応援してくれた人たち、父兄、家族などがあってのことです。
―軟式野球についてのアピールはありますか?
軟式をやりたいと思ってくれれば、幸いなことになると思います。僕は野球が好きで、頂点を目指して軟式をやっていただけです。
―軟式が得意というのは、歳をとってもどんな草野球チームでも引っ張りだこですよ!!(笑)それに案外硬式出身は打撃にも守備にもとまどいますからね。
そんなことないです(笑)。
―森本投手とバッテリーを組んでいて思い出に残っていることは?
監督がいる前で言うのは恥ずかしいですが、森本は力投派で、元々ひじのケガを持っていたのですが、延長24回の試合のとき、回が終わるとベンチ裏に入ってテーピングをして冷してを繰り返しているのを見たら、辛くて泣けてきました。それで僕のサインで変化球を投げたりしていたから、これで一生投げられなくなったらどうしようと思っていました。
―高校1年の秋に硬式から軟式に、それから野球を続けてきて自分が変わってきましたか?
大分変わってきたと思います。取り組む姿勢が変わってきました。一球でも無駄にするとダメだと思うようになりました。
―そういう姿勢や考えに行き着いたのは?
2年の夏に負けて、3年生の姿を見て、…なんでもっと頑張らなかったのかと自分で思いました。負けてから後悔しないようにとみんなが思ったので強くなったと思います。もしさぼってしまって負けると言い訳になるのが嫌だったです。
―それからチームが少しずつ変わっていくのですね?
はい。3年の夏前に坪井部長に「一日に一ついいことをしよう」と言われました。ずっと言われてきたことでもありますが、それはちゃんと返って来ると。そのとおりだと思いました。どんな小さなことでも一つずつ感謝の気持ちを持って、その気持ちで本当に全国に行かせてもらえたと、みんなそう思っていると思います。
―東山に入ってよかったですね。
そうですね。ここに入ってこうなるようになれ!、と言われているのかなと思いました(笑)。
―今日は本当は京都府高野連で表彰された時に貰う、盾や賞状なんかを持ってきてもらおうと思っていたのですが…。
まだもらってないです(笑)。表彰は来年の1月15日だと思います。
―そうですか、よかった(苦笑)。楽しみですね。軟式の選手が表彰されるのは特別なことですし、硬式は5人と毎年決まっていますからね。
はい、楽しみです。でも、僕だけの受賞とは思っていないです。
―最後に、将来の夢などお話していただけますか?
そうですね、…今度東京都に警視庁の社会人野球チームができるので漠然とやれたらいいなあ、と思っています。本当は大学にはあまり興味がなくて、高卒で京都府警を受けようかなあと思っていましたから。スポーツ推薦で大学に行けることが決まったので。
―そのときは硬式になりますね?
本当は軟式が好きなんですけども(笑)。
おわり
※『唯我独尊』とは、「自分一人が特別にすぐれているとうぬぼれること。ひとりよがり」という意味ではなく、「この世の一人ひとりが主人公。」といった意味で捉えています。
※今回は落成式があったばかりの東山高校・醍醐グラウンドにお邪魔しました。牧主将はしっかりしていて頼もしく、とても高校生には思えないほどでした。次は野球雑誌「ホームラン」の取材があるそうなので、また来月あたりに書店でお求めください。
【2009年度京都府高校野球連盟 優秀選手】
・長岡 宏介(福知山成美)投 <秋優勝、春・夏準優勝>
・中本 篤(立 命 館)投 <秋準優勝>
・中村 達樹(塔 南)外 <秋3位>
・今竹 悠太(京都 両 洋)内 <春優勝>
・妻鳥 哲也(龍谷大平安)外 <夏優勝>
【2009年度京都府高校野球連盟 特別表彰(軟式の部)】
・牧 紘平(東 山)捕 <新潟国体優勝>
(参考HP)
・東山中学・高等学校
・京都府高校野球連盟 優秀選手
・第54回全国高等学校軟式野球選手権大会
・2009年 トキめき新潟国体 トキめき新潟大会
・ミズノビヨンドマックス
・ナガセケンコー株式会社
・ダイワマルエス株式会社
―そんな風に最後思えるなんて幸せなことだと思いますよ。そして、その成果が秋の国体につながります。新潟国体、優勝おめでとうございます!!新潟の小学生も応援に駆けつけたそうで。
ありがとうございます。3試合も楽しんでやってました。小学生は大応援団でした。
…あれっ?!それだけか(笑)?あの話は?(西川監督談)
…ええっと、実は…初戦の試合前日に足の靭帯を伸ばしてしまいまして…(苦笑)。ベースランニングの時、グラウンドが固すぎてスパイクの歯が刺さり過ぎて…(苦笑)。それでもやっぱりせっかくだし、出たいのでファーストで出させてもらいました。ファーストの五月女にキャッチャーをやってもらって、チームに迷惑を掛けっ放しでしたが…(苦笑)。
―ファーストとはいえ、その状況でよく出られましたね?
もう高校生活で最後でしたからね。松葉杖をついて球場入りしました(笑)。でも、幸運なことに新潟で接骨院のいい先生に巡り会いまして、テーピングをぐるぐる巻きにしていました。試合の日の早朝や夜遅くに病院に行って。初戦は初回から8回までファーストで、準決勝は7回からキャッチャーで、決勝はフルでマスクをかぶりました。痛み止めを飲んだり、座薬を入れたりして(笑)。本当に嘘みたいな回復力でした。
―そして、その痛みに耐えて、国体で優勝しました。ウイニングボールを掴んだそうですね。
キャッチャーファウルフライを掴みました。準決勝では夏に敗れた名城大附属に、決勝では延長24回を戦った神戸弘陵に勝ちました。全国制覇は目指している真剣な場所だったので、優勝して嬉しかったです。
―新潟で思い出はできましたか?
新潟は米がおいしかったし、人間が温かかったです(笑)。
―花巻東の菊池君(西武1位指名)に会いませんでしたか?
会いました。しゃべりに行ったのですが優しかったです。他には明豊の今宮健太君(ソフトバンク1位指名)や中京大中京の堂林君(広島2位指名)、県立岐阜商の山田君(専修大進学を希望)にも会いました。
―そうですか。よかったですね(笑)。軟式をやっていて硬式をどう見ていますか?
軟式をやっていても、野球は野球なので硬式を特別に意識したりはしませんでした。軟式野球のファンの方もいますし。
―そう言えば、夏の全国大会に出場が決まったときは、京都新聞社や京都府庁、京都市役所に表敬訪問されたのですよね?
はい、もう一生ないかもしれないぐらいに思って行きました(笑)。
―監督!!、牧さんがキャプテンで良かったですか?監督さんが指名したのですか?
どこに出してもあやしくないキャプテンだと思いますよ(笑)。この先こんなに楽はできないです。もうみんなキャプテンは牧がやると思ってたと思います(西川監督談)。
―そうですか。やっぱりしっかりしてますね。高校の軟式野球生活はどうでしたか?
野球は感謝で始まり、感謝で終わると自分では思っています。ただ単に全国を目指すだけでは申し訳ないです。感謝してもしきれません。本気で目指すのは当然のことで、監督や部長、応援してくれた人たち、父兄、家族などがあってのことです。
―軟式野球についてのアピールはありますか?
軟式をやりたいと思ってくれれば、幸いなことになると思います。僕は野球が好きで、頂点を目指して軟式をやっていただけです。
―軟式が得意というのは、歳をとってもどんな草野球チームでも引っ張りだこですよ!!(笑)それに案外硬式出身は打撃にも守備にもとまどいますからね。
そんなことないです(笑)。
―森本投手とバッテリーを組んでいて思い出に残っていることは?
監督がいる前で言うのは恥ずかしいですが、森本は力投派で、元々ひじのケガを持っていたのですが、延長24回の試合のとき、回が終わるとベンチ裏に入ってテーピングをして冷してを繰り返しているのを見たら、辛くて泣けてきました。それで僕のサインで変化球を投げたりしていたから、これで一生投げられなくなったらどうしようと思っていました。
―高校1年の秋に硬式から軟式に、それから野球を続けてきて自分が変わってきましたか?
大分変わってきたと思います。取り組む姿勢が変わってきました。一球でも無駄にするとダメだと思うようになりました。
―そういう姿勢や考えに行き着いたのは?
2年の夏に負けて、3年生の姿を見て、…なんでもっと頑張らなかったのかと自分で思いました。負けてから後悔しないようにとみんなが思ったので強くなったと思います。もしさぼってしまって負けると言い訳になるのが嫌だったです。
―それからチームが少しずつ変わっていくのですね?
はい。3年の夏前に坪井部長に「一日に一ついいことをしよう」と言われました。ずっと言われてきたことでもありますが、それはちゃんと返って来ると。そのとおりだと思いました。どんな小さなことでも一つずつ感謝の気持ちを持って、その気持ちで本当に全国に行かせてもらえたと、みんなそう思っていると思います。
―東山に入ってよかったですね。
そうですね。ここに入ってこうなるようになれ!、と言われているのかなと思いました(笑)。
―今日は本当は京都府高野連で表彰された時に貰う、盾や賞状なんかを持ってきてもらおうと思っていたのですが…。
まだもらってないです(笑)。表彰は来年の1月15日だと思います。
―そうですか、よかった(苦笑)。楽しみですね。軟式の選手が表彰されるのは特別なことですし、硬式は5人と毎年決まっていますからね。
はい、楽しみです。でも、僕だけの受賞とは思っていないです。
―最後に、将来の夢などお話していただけますか?
そうですね、…今度東京都に警視庁の社会人野球チームができるので漠然とやれたらいいなあ、と思っています。本当は大学にはあまり興味がなくて、高卒で京都府警を受けようかなあと思っていましたから。スポーツ推薦で大学に行けることが決まったので。
―そのときは硬式になりますね?
本当は軟式が好きなんですけども(笑)。
おわり
※『唯我独尊』とは、「自分一人が特別にすぐれているとうぬぼれること。ひとりよがり」という意味ではなく、「この世の一人ひとりが主人公。」といった意味で捉えています。
※今回は落成式があったばかりの東山高校・醍醐グラウンドにお邪魔しました。牧主将はしっかりしていて頼もしく、とても高校生には思えないほどでした。次は野球雑誌「ホームラン」の取材があるそうなので、また来月あたりに書店でお求めください。
【2009年度京都府高校野球連盟 優秀選手】
・長岡 宏介(福知山成美)投 <秋優勝、春・夏準優勝>
・中本 篤(立 命 館)投 <秋準優勝>
・中村 達樹(塔 南)外 <秋3位>
・今竹 悠太(京都 両 洋)内 <春優勝>
・妻鳥 哲也(龍谷大平安)外 <夏優勝>
【2009年度京都府高校野球連盟 特別表彰(軟式の部)】
・牧 紘平(東 山)捕 <新潟国体優勝>
(参考HP)
・東山中学・高等学校
・京都府高校野球連盟 優秀選手
・第54回全国高等学校軟式野球選手権大会
・2009年 トキめき新潟国体 トキめき新潟大会
・ミズノビヨンドマックス
・ナガセケンコー株式会社
・ダイワマルエス株式会社