5月にエコロベース大会があって、それには競技者として参加した。エコロベースというのは、「超軟式野球」というらしいが、要は「野球」を超軟弱化させたものである。老若男女問わずプレーできる。ボールは軟らかいし、バットも軽く、グローブはラクロスのラケットのようなものを使う。
やってみて思ったのは、よくできているということだった。点差がつきにくいと思う。10人でプレーする形式をとっていたのだが、1人は二遊間のところの守備に就く。打順がそのまま守備位置になり、イニング毎にローテーションで守備位置が回る。僕は背番号が「5」で打順は5番で、守備は三塁手から始まり、次は遊撃手、次は左翼手とずれていった。もし、誰か特別にうまい人がいてもずっとその守備位置に就くことはできない。野球やソフトボールは、投手や捕手を中心に、二遊間と中堅手をセンターラインとして守りを重視するスポーツだ。そこの能力が高ければ、不用意な失点はある程度防げるものである。だから、守備がローテーションで回ってしまっては、なにかと不便なのだ。それが面白く感じた。ある意味で革命を起こしている。
野球やソフトボールをやったものであればわかると思うが、守備位置によってグローブの形が違う。一塁手や外野は長く、内野は短い。投手が最もオールラウンドなもので、捕手は捕手しかできない太さである。しかし、エコロの場合は、全守備で同じラクロスのミット?のようなものを使う。だから、グラブさばきがいらない。ミットは10個でいいのでイニングが終わると、守備位置にミットを置いて、ベンチに帰る。手ぶらで帰るその姿がなんかかわいい。
投手は下投げでホームベースの後ろの地面にある四角の的を狙ってワンバウンドさせなければならない。よって、速球を投げることができない。ワンバウンドさせるにはゆっくりとした放物線を描くしかない。だから、必然的に打撃戦になるから、バッティングがすこぶる面白い。僕なんかは3打数2安打2本塁打(1三塁ゴロ)だった。左翼手のすぐ後ろに線が引いてあるのだ。それを越えればホームラン。誰でも打てそうな距離(男子45m、女子35m)のため、野球経験を特に問わない。ダイヤモンドをゆっくりと回る経験を2回もさせてもらった。ベンチに帰ってくればハイタッチの応酬。ヒーローになってなんだか照れた。これだから、非力な女性でも当たればホームランが打てる可能性もある。女子の部は外野がやや前だった。女性でホームランを打ってしまうとこの喜びはもっと大きいだろう。夕食にもう一品出してしまいたくなるほど嬉しいと思われる。
このように純粋な楽しさがあって、守備に責任が少ないのがいい。よく草野球なんかでは後々、自分がやってしまったエラーが敗因となってしまい、全責任を負わされた気持ちになることがある。守備位置がローテーションであれば、三塁手や遊撃手をずっと守っていなければならないということで背負う不安は少なくなる。僕がたまにソフトボールに参加すると、野球経験があるということで三塁をやらされることが多かった。が、打球が速過ぎて目茶苦茶恐い。「もっと前」と言われることがあって、顔面に当たったらとびびって守ったこともある。しかし、エコロのボールはまるでクッションのような軟らかさで、子供に思い切り投げてぶつけてもケガ一つしないくらいだ。痛くないということが楽しさを増す。「こんなに軟らかいの?」と感心するくらいだ。(ボールはウレタン製)
スライディングや盗塁、バントも禁止。ファーストストライク見逃しはツーストライクに。スリーストライク目のファウルは打者アウトになる。1イニングで5点入ればチェンジになるので、ビッグイニングはない。だから、守備時間が長すぎるということもない。ゲーム自体を40分から50分に設定してあるので、早く終わる。それなのに3打席も回ってきた。本当に打撃の力による打撃戦のまま決着がつくという結果がなぜかすがすがしいし、守備の責任はほとんど皆無で、打てないから負けたという責任の所在のはっきりしたところがなんとも痛快だった。
しかし、野球やソフトボール経験者は物足りない感が残る。こんなのでいいのかと、疑いたくなる気持ちが出てきても仕方がない競技とも言える。技術の見せ所も特別ない。全打席ホームランで当たり前なのだ。だが、やっぱり僕は楽しかった。誰がうまいとか下手とかが問われない野球が妙に新鮮だった。これは本当に革命的だった。自分がいかに野球を「間違い探し」という点で見ているかということにも気づかされたように思う。野球に正解を求めているのである。正解を押し付けているのである。それが野球の難しさといったところだろうか。なんかよくわからない説明になって申し訳ない。自信をなくしているプレーヤーはエコロベースもどきな野球をやってみればわかる。平安や成美や外大西や立宇治や…のような競争の厳しそうなチームは一度、このように守備位置をローテーションで回すような野球をやってみれば、純粋な野球の楽しさがわかると思う。全員が投手や捕手を経験してみれば、見えてくることもあるかもしれないと勝手に想像したりする。新しい感覚が発見されるかもしれない。
ところで、女子の部のときに、頼まれてもいないのに写真を撮ってあげた。打席でバットを構えている写真やスイングしている写真など所有していないと勝手に思ったから。それを出場選手に配ったらそれなりに喜んでもらえた。それはそれは不思議がられたが、女子の部は3位になったので、その栄誉を簡単にまとめたものを写真付きで回覧板で回してもらった。去年と来年の体育委員には悪いが。また、エコロベースは京都が発祥の地だった。いつか機会があれば、このようなスポーツが生まれたいきさつを取材してみたいものだ。きっと野球の楽しさと苦しさのどちらも知っている人たちの手で考案されたにちがいない。
NPO法人日本エコロベース協会
やってみて思ったのは、よくできているということだった。点差がつきにくいと思う。10人でプレーする形式をとっていたのだが、1人は二遊間のところの守備に就く。打順がそのまま守備位置になり、イニング毎にローテーションで守備位置が回る。僕は背番号が「5」で打順は5番で、守備は三塁手から始まり、次は遊撃手、次は左翼手とずれていった。もし、誰か特別にうまい人がいてもずっとその守備位置に就くことはできない。野球やソフトボールは、投手や捕手を中心に、二遊間と中堅手をセンターラインとして守りを重視するスポーツだ。そこの能力が高ければ、不用意な失点はある程度防げるものである。だから、守備がローテーションで回ってしまっては、なにかと不便なのだ。それが面白く感じた。ある意味で革命を起こしている。
野球やソフトボールをやったものであればわかると思うが、守備位置によってグローブの形が違う。一塁手や外野は長く、内野は短い。投手が最もオールラウンドなもので、捕手は捕手しかできない太さである。しかし、エコロの場合は、全守備で同じラクロスのミット?のようなものを使う。だから、グラブさばきがいらない。ミットは10個でいいのでイニングが終わると、守備位置にミットを置いて、ベンチに帰る。手ぶらで帰るその姿がなんかかわいい。
投手は下投げでホームベースの後ろの地面にある四角の的を狙ってワンバウンドさせなければならない。よって、速球を投げることができない。ワンバウンドさせるにはゆっくりとした放物線を描くしかない。だから、必然的に打撃戦になるから、バッティングがすこぶる面白い。僕なんかは3打数2安打2本塁打(1三塁ゴロ)だった。左翼手のすぐ後ろに線が引いてあるのだ。それを越えればホームラン。誰でも打てそうな距離(男子45m、女子35m)のため、野球経験を特に問わない。ダイヤモンドをゆっくりと回る経験を2回もさせてもらった。ベンチに帰ってくればハイタッチの応酬。ヒーローになってなんだか照れた。これだから、非力な女性でも当たればホームランが打てる可能性もある。女子の部は外野がやや前だった。女性でホームランを打ってしまうとこの喜びはもっと大きいだろう。夕食にもう一品出してしまいたくなるほど嬉しいと思われる。
このように純粋な楽しさがあって、守備に責任が少ないのがいい。よく草野球なんかでは後々、自分がやってしまったエラーが敗因となってしまい、全責任を負わされた気持ちになることがある。守備位置がローテーションであれば、三塁手や遊撃手をずっと守っていなければならないということで背負う不安は少なくなる。僕がたまにソフトボールに参加すると、野球経験があるということで三塁をやらされることが多かった。が、打球が速過ぎて目茶苦茶恐い。「もっと前」と言われることがあって、顔面に当たったらとびびって守ったこともある。しかし、エコロのボールはまるでクッションのような軟らかさで、子供に思い切り投げてぶつけてもケガ一つしないくらいだ。痛くないということが楽しさを増す。「こんなに軟らかいの?」と感心するくらいだ。(ボールはウレタン製)
スライディングや盗塁、バントも禁止。ファーストストライク見逃しはツーストライクに。スリーストライク目のファウルは打者アウトになる。1イニングで5点入ればチェンジになるので、ビッグイニングはない。だから、守備時間が長すぎるということもない。ゲーム自体を40分から50分に設定してあるので、早く終わる。それなのに3打席も回ってきた。本当に打撃の力による打撃戦のまま決着がつくという結果がなぜかすがすがしいし、守備の責任はほとんど皆無で、打てないから負けたという責任の所在のはっきりしたところがなんとも痛快だった。
しかし、野球やソフトボール経験者は物足りない感が残る。こんなのでいいのかと、疑いたくなる気持ちが出てきても仕方がない競技とも言える。技術の見せ所も特別ない。全打席ホームランで当たり前なのだ。だが、やっぱり僕は楽しかった。誰がうまいとか下手とかが問われない野球が妙に新鮮だった。これは本当に革命的だった。自分がいかに野球を「間違い探し」という点で見ているかということにも気づかされたように思う。野球に正解を求めているのである。正解を押し付けているのである。それが野球の難しさといったところだろうか。なんかよくわからない説明になって申し訳ない。自信をなくしているプレーヤーはエコロベースもどきな野球をやってみればわかる。平安や成美や外大西や立宇治や…のような競争の厳しそうなチームは一度、このように守備位置をローテーションで回すような野球をやってみれば、純粋な野球の楽しさがわかると思う。全員が投手や捕手を経験してみれば、見えてくることもあるかもしれないと勝手に想像したりする。新しい感覚が発見されるかもしれない。
ところで、女子の部のときに、頼まれてもいないのに写真を撮ってあげた。打席でバットを構えている写真やスイングしている写真など所有していないと勝手に思ったから。それを出場選手に配ったらそれなりに喜んでもらえた。それはそれは不思議がられたが、女子の部は3位になったので、その栄誉を簡単にまとめたものを写真付きで回覧板で回してもらった。去年と来年の体育委員には悪いが。また、エコロベースは京都が発祥の地だった。いつか機会があれば、このようなスポーツが生まれたいきさつを取材してみたいものだ。きっと野球の楽しさと苦しさのどちらも知っている人たちの手で考案されたにちがいない。
NPO法人日本エコロベース協会